小学生に語るイタリアの歴史(2)
続きです(コリエレ・デッラ・セーラ、10月21日)
15,16世紀になると、ロレンツォ豪華王、レオナルド、ミケランジェロを忘れることは出来ない。ロレンツォ豪華王は、とんでもなく醜い男だったが、知的で、統治や詩を書くこと、家政、自分の町を美しくすることにすばらしく長けていた。レオナルドが考案したものは、つづく何世紀ものあいだに様々な機械として実現されたことを(あなたの子供に)語ろう。ミケランジェロについては、システィーナ礼拝堂のフレスコ画がいかに壮大な快挙であったかを語ろう。
ガリレオについては、彼の天才的洞察の一つ、地動説が、ピサのドゥオーモの灯りの揺れの観察に基づいていることを語ろう。
サンクトペテルブルクのもっとも美しい宮殿をつくった建築家(ロッシ、ラストレッリ)について話そう。
ウィーンの宮廷で詩や劇を書いた詩人(メタスタージオら)、ヨーロッパ中の宮廷で絵を描いたヴェネツィアの画家たち、フランス王やスペイン王の宰相となった枢機卿(マザランくらいしか知らないが・・・)について話そう。
18世紀、19世紀について語る時には、ナポレオンが欠かせない。ナポレオンは、フランスの偉大な将軍、政治家であったが、ジェノヴァ共和国の支配下にあったコルシカ島で生まれた。イタリア語で罵ったり呪ったりした(これは子供には言わないでおこう)。イタリア王で、家族のかなりの部分は、イタリアとの結びつきを保った。
統一イタリアは、カミッロ・カヴールによってなされたが、彼は、ナポレオン三世とフランスの小都市プロンビエールを散歩した(密約を交わしたのである)ことを思い出そう。
ガリバルディについては、彼が1860年5月5日に、千人隊とともにクアルトをどう出発し、南イタリアを征服したかを語ろう。
ジュゼッペ・ヴェルディについては、イタリア人が彼の音楽を熱狂的に愛したこと、彼を祖国の父の一人と考えたことを無視してはならない。
マッツィーニが、もう年老いて意気消沈して、祖国へ帰り、ピサで死にたいと願ったことを忘れないでおこう。
以上がセルジョ・ロマーノが小学生に語ると想定した場合のイタリア史のあらましである。
彼はさらに、子供が中学生になったら、イタリア史はおそろしく複雑で、醜悪な面もあり、様々に解釈しうるエピソードもあり、最終的には、子供自身が学習したり経験するなかで、歴史を読み直すしかないのだと教えるべきだという。
自らが批評家となって、資料にあたり、必要なら意見を変えることを教える。おそらく、子供はどんな政治的意見を持つにしても、自分の国に誇りをもち、それをより良いものにする気持ちを失わないだろう、と。
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