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2005年11月30日 (水)

ベルルスコーニ、ドン・ストゥルツォを語る

ローマで、ドン・ストゥルツォを記念するプレートの序幕式で、ベルルスコーニ首相は、自分たちこそが、ドン・ストゥルツォの後継者であると語った(コリエレ・デッラ・セーラ、11月24日、23日分は到着せず)。

ドン・ストゥルツォは、シチリアのカルタジローネに1871年に生まれた司祭であり政治家。1959年没。1919年に人民党というカトリック政党を創設した。ファシズムに反対したため、亡命を余儀なくされ、1924年からロンドン、アメリカで過ごした。イタリアへ帰国したのは第二次大戦後の1946年。

ベルルスコーニ首相は、ドン・ストゥルツォが、行政の地方分権、州(地域)の自立性を唱えていたことをとらえ、自分たちがこの度、国会で通した地方分権案は、彼の考えと一致するのだと主張した。

そしてドン・ストゥルツォは我々同様(現代の地方分権案支持者)、フェデラリスト(連邦主義者)であったのだと述べた。

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