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2005年10月31日 (月)

イタリア、進む晩産化

イタリア人男子が、第一子を生むのは世界一高齢であることが、判明した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月21日)。

晩産化はこれまで女性問題としてとらえられることが多かったが、今回 ISTAT(政府中央統計局)の調査は男性にも焦点をあてている。

イタリア人男性が第一子を生む平均は33歳。フランスやスペインは30-31歳。イタリアでは、ここ十年で、約3,5歳遅くなっているという。

つまり、1950年代生まれの男は、平均29,5歳でパパになり、1960年代生まれの男は、平均33歳でパパになっている。その間に、女の初産は、24、5歳から27歳にあがっている。

晩産化と密接な関係にあるのが、親子同居の長期化で、30-34歳の男の40パーセントは両親と同居している。女の場合は、20パーセントなのだ。

また、さらにイタリアの男性は、15年前に較べると、一日あたり21分余計に子供の面倒を見るようになっているという。しかしまだまだ不十分で、25歳から44歳の男が家事を手伝う平均時間は1時間42分とのこと。

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教会と犯罪組織

ローマの犯罪組織の親分だったEnrico De Pedis (通称Renatino)がサン・タポリナーレ教会の本堂に埋葬されたことが問題視されている(コリエレ・デッラ・セーラ、10月20日)。

ローマでは通常、本堂の内部に埋葬されるのは、枢機卿クラスということであるが、この犯罪組織のボスは、一旦は別の教会に埋葬されたが、未亡人の希望で、わざわざ掘り起こされて、サンタポリナーレの本堂に埋葬されたのである。

教会ではこの破格の扱いを、彼が生前(ちなみに、彼は犯罪組織の抗争で、1990年2月2日に暗殺さsれた)、教会の貧者のための食堂に差し入れをしてくれたから、と説明している。

これに対し、別の説明が、ペンティート(元犯罪者で、警察に情報提供するようになった改心者)のアントニオ・マンチーニから出された。これは、まだ証拠があるわけではないので、あくまでも一つの説にすぎない。

マンチーニによると、デ・ペディスのグループはエマヌエラ・オルランディ(ヴァティカンの職員の娘)の誘拐に関わっていたという。

マンチーニの仮説では、デ・ペディスが教会内に埋葬されたのは、法王庁の銀行家といわれたカルヴィ(1982年ロンドンの橋で死体が発見されたが、自殺・他殺の両説あり)およびヴァティカンの金融機関 IORを率いていたマルチンクス猊下と関わりがあるという。

その翌年、1983年6月に、エマヌエーラ・オルランディの誘拐事件が起こる。マンチーニによれば、これはヴァティカンの一部の関係者への脅迫だった。これを抑えてくれたのが、デ・ペディスだったというのだ。

真偽のほどは、不明だ。カルヴィの事件も、何度も話題には上るが、真相が明らかになったとは言い難い。あるペンティートがこんな告白をしていた、それがコリエレ・デッラ・セーラに掲載されていた、という報告として受け取ってもらえれば幸いです。

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「曾根崎心中」上演

新国立劇場でオペラ「曾根崎心中」を観た(10月30日)

「曾根崎心中」と言えば、近松門左衛門作の文楽だが、これは、近松を原作とし、現代作曲家の入野義朗が作曲したもの。

演奏は、室内合奏と数人の歌手。室内楽といっても、題材の性格を生かすため、ヴァイオリン、フルート、ピアノといった西洋の楽器のほか、太棹の三味線、尺八、そして吉原すみれ演奏するところの様々な打楽器群がはいる。ピアノも、鍵盤を弾くだけでなく、様々な現代音楽でもちいられる特殊な奏法(ピアノ線をこするなど)を駆使していた。

しかし、全体の響きとしては、意外なほど、フルートと尺八、ヴァイオリンと三味線などが溶け合い、アンサンブルとして不自然さというか無理矢理作った感じがしない。おそらく、作曲者の技量と、演奏者がこういった組み合わせの楽曲演奏に習熟しているというレベルの高さゆえだろう。

ストーリー:(第一場)恋仲の遊女お初と醤油屋の手代徳兵衛をめぐる世の不条理。徳兵衛は、友人に一日だけの約束で金を貸すが、貸した友九平次は返さぬどころか、借りたこともないとうそぶく。

(第二場)お初のところへ、九平次が来て、徳兵衛はにせの証文をつくったと言いふらす。お初は、隠れている徳兵衛に尋ねると死ぬ覚悟というしぐさをする(お初の足を喉笛にあてる)。

(第三場)夜更けに店から抜け出し、曾根崎の森で二人は帯を身体にまきつけ徳兵衛がお初を殺し、自害する。(この場面は、舞台では、殺し、自害する場面のあとで、二人の身体が帯らしきものでまきつけられ一体化するという演出であった)。

歌手は、みな素晴らしい出来であった。お初の田島茂代は演技、歌唱、容姿すべて言うことなし。オペラということもあってか、本当の着物ではなく、うちかけらしきものの下に、プリーツのドレスを着ているのだが、まったく違和感なく、遊女の世界に引き込まれる。恋する女のせつなさが、表情、歌、しぐさに表現されている。妖艶であって、下品でない。

これほど日本女性の歌手が素晴らしいと思ったのは、はじめてなので、田島茂代の功績の大きさは言うまでもないのだが、それ意外の要素も考えてみた。まず、日本の女性が、時代は異なるとはいえ、日本人を演じていること。メイクが自然(逆に言えば、西洋人とまじって、日本人が西洋人を演じるときには、鼻筋とか際だたせたり、ある種のがんばり、というか、背伸びが必要で、観る方も、これは、東洋風の顔だけど、ヴィオレッタなんだと思いこむプロセスが必要なわけだ。)

そういった無理がまったくない。また、顔の造作だけでなく、顔の表情というものも、微妙に文化を反映しているし、感情にともなう仕草、ジェスチャーは日本人とたとええばイタリア人では相当に異なる。

以上あげた点は、徳兵衛の平良栄一、九平次の鹿野由之、語りの太田直樹にもあてはまる。日本の男が燕尾服などを着た時、やはり身体が華奢なので、西洋人にくらべともすれば貧相に見えてしまうのだが、今回は変形した着物なのでまったく問題がない。

テノールの徳兵衛の平良は、落ち着いたきれいな声で、全体のこの曲はほとんどがレチタティーヴォ風なのだが、言葉も非常によく聞き取れた。

悪役の九平次は、衣装、髪型がポップで良かった。九平次とその仲間は、格好、色遣いが派手なので、わかりやすい。演技も納得のいくもの。

語りの太田(バリトン)は、実に器用な人。義太夫ばりの語りをやるかと思えば、直接お初に語りかける。直接お初に語りかけるときには、カウンターテナーのような高い声にかわる。しかも、どちらの時も言葉、音楽の表情ともに、めりはりがきいている。

演出も説得力が非常に高い。舞台は、奥から手前にむかってさがるように傾斜している。そこにやはりスロープのついた併のようなものがあるが、色は黒が主で、赤い線がひかれている。

特に第三場、道行きの場面で、お初と徳兵衛が舞台の両端から観客席に歩き出て(緑の照明が二人とその周囲の客席にあたっている)、一階の客席のまんなかの通路で歌う。僕の席は、前から三列目なので、前からは管弦が、左うしろからはお初の声、右うしろからは徳兵衛の声がするというしかけ。

これは二人の存在が額縁から出て、自分たちの中にいる。そしてそれは身体的にいると同時に、声として存在する。声としての存在は、舞台上よりはるかに生々しく感じられた。

こういう演出を以前にロッシーニの「ランスへの旅」でも経験したことはあるのだが、あちらがブッフォな話なのに対し、道行きだったせいか、今回は中劇場で小屋が小さめなことが効いたのか、ずっと生々しく、身体に声が直接触れる感じがした。田島、平良両氏の歌唱、演技は、それだけ迫真のものであった。

虚実皮膜の間とはよく言ったもので、観客であるわれわれは、舞台が舞台にすぎないことを知ってはいるが、もう一方でそこに本当らしさ、迫真性をもとめている。オペラの場合、台詞もメロディーやレチタティーヴォであるから、様式にのっとった迫真性とでも言うべきものだが。

今回の舞台は、その迫真性を堪能することができた。これは希有な経験である。そして、語りの太田、九平次の鹿野両氏のときにユーモラスな演技のおかげで、舞台が一面的、平板にならず、緩急、おかしみと悲しみ、余裕と緊張といった観客の生理にかなった充実した舞台を観ることができた。

入野は、日本で最初に十二音技法を駆使した作曲家として有名だが、この「曾根崎心中」は、無調的ではあるが、十二音技法にとらわれている感じはない。むしろ、語り手も主役も言葉がはっきりと聞こえ、かつ、言葉のイントネーションにあまり無理のこない旋律となっているようだ。

この日本独自の純愛物語をオペラ化したものは、共同制作のイタリア・スポレートだけでなく、モスクワ、サンクト・ペテルブルグ、韓国でも上演されたという。これからも、世界各地で是非上演しつづける価値のあるレベルの高い舞台だと考える。

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2005年10月30日 (日)

「オベルト」日本初演

ヴェルディのオペラ「オベルト サン・ボニファーチョ伯爵」を初台の新国立劇場で観た。(10月29日)

中劇場で、入りは満員ではないが、かなり入っていた。テレビカメラが入っているので、テレビで放映するのか尋ねると、インターネットの放送なのだということ。確認のためスカパーではないのか、と聞くと、やはりインターネットの放送とのことであった。

さて、「オベルト」(以下、こう省略します)は、ヴェルディの処女作、日本初演というので、聞くことに決めたのだった。また、この次という機会があるかどうかも判らないので。

新国立劇場は、時々こういう出し物がある。つまり、いわゆるレパートリーに入っているものではなくて、めったに上演されないものをあえて出し物として選ぶということ、これには素直に拍手を送りたい。

曲自体は、面白かった。いかにも後のヴェルディを想起させる部分、特にバリトンのパートは、ヴェルディならではの表情の豊かさ、また陰影に富んでおり、歌手ロドリーゴ・エステヴェスも声もよく響き、演技もすっきりと適切で、気持ちよく聞けた。

部分的に、ベッリー二やドニゼッティを思わせる響きも聞かれる。話は、後述するが、復讐の要素を含んでおり、たとえば後の「運命の力」などだと、そういうところで、力のこもった、熱情的な、これまでのオペラでヴェルディしかなしえなかった感情表現が声、オーケストレーションでなされるのだが、そういった後のヴェルディであればもっと熱く展開されそうなところが、ベルカント調にのびのびと、悪くいえば、ちょっと間が抜けた風に歌われる。

しかし、オーケストレーションは後の「マクベス」を思わせるような早い激しいパッセージもあり、金管、ティンパニーの使用も結構派手だった。

オケは東京室内歌劇場管弦楽団、指揮はヴィート・クレメンテ。彼は、曲想の変化を、非常にドラマティックに振り分ける。激しい曲想に入る一瞬前に、ふっと息をはくような音がしたかと思うと、ズシンと足を踏みならす音が聞こえる。

かつてのシノーポリを思わせるところもある。一方で、非常にインテンポで、歌手に勝手に嫋々と歌わせることはなく、常にオケをコントロールしておきたいタイプと見受けられた。若いときのトスカニーニってこんな風であったろうか。

歌手は、バリトンのロドリーゴ・エステヴェスが出色。ヴェルディ・バリトンらしい響きと表情の深みがあり、落ち着いた演技とあいまって、別の演目でも期待できそうだ。

レオノーラ(ヴェルディのヒロインは処女作からレオノーラなのだと納得、「トロヴァトーレ」でも、「運命の力」でも、レオノーラという名前は何か特別の力を秘めているのだろうか)役の佐藤康子はきれいな声で、上だけでなく、かなり低い声もきれいに響くのでメゾかと思ったら、ソプラノとのこと。カンタービレな良さに、前半ではドラマティックな表情(復讐を誓うところ)が加われば、さらに良かっただろう。

テノールのマルチェッロ・ナルディスは、背が高く、堂々としている。やはり、舞台では容姿というのも、一つの重要な要素である。前半より後半のオベルトを殺してしまったという場面の歌唱が、演技もふくめ自然でよかった。前半やや緊張ぎみだったか。

クニーザ役の木村圭子は、手堅く歌っていた。御姫さまの役なのに、前半、婚礼の場面でもあまりに地味な衣装で、気の毒というか、もう少し華やかな衣装でもよかったのにとこれはもちろん、演出・衣装への注文。

ストーリー:オベルトの娘レオノーラは、政敵のリッカルドと恋に落ち、しかし棄てられてしまう。リッカルドは公女クニーザと結婚しようとしている。オベルト、レオノーラの父娘は、リッカルドに対する復讐を誓う。二人から事情を聞いたクニーザはレオノーラに同情する。

リッカルドは決闘を避けようとするが、オベルトは執拗に迫り、リッカルドはオベルトを殺してしまう。オベルトは罪を悔い逃亡する。レオノーラはその知らせを受け、父は自分が殺したのも同然と激しく悲しむ。

ちょっと、後の「運命の力」を思わせるところもありますね。

舞台は、装置はなくて、薄型テレビのリアプロを拡大したような感じで、舞台のうらから、教会や林の絵を巨大なスクリーン映し出すというものだった。

最初は新鮮な驚きがあったが、全部あれだと、ちょっと寂しい感じもする。集団が、スクリーンのうしろで影絵のように映し出されたり、決闘の場面も影絵で見せていたのは、優れた工夫だった。倒れたオベルトをレオノーラがかかえて、ピエタのポーズでしばらくきめていたのは、理解は出来たが、全体のなかでどういう意味づけを狙っているのかは、よくわからなかった。

全体として、レベルの高い上演で、非常に満足が出来たが、これは、イタリアのスポレート実験歌劇場との共同制作公演で、そのためイタリアで上演のときに、相当な時間をかけて演技や舞台をつくっていったことが功を奏しているのではないかと思った。

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2005年10月29日 (土)

マッツィーニとヴェルディ

マッツィーニの続きですが、こちらはマッツィーニと音楽の趣味の話(コリエレ・デッラ・セーラ、10月19日)。

マッツィーニといえばリソルジメント、その時代の音楽といえばヴェルディをおいて他にはない。

のであるが、実は、マッツィーニはヴェルディを嫌っていたという。ペルージャ音楽院の音楽史教授ステーファノ・ラーニ教授によると、マッツィーニはヴェルディを‘quel tale (あいつ、あのもの)’と呼んで、敬意を表しなかった。

何故か? ヴェルディは、君主制を支持していたのに対し、マッツィーニは根っからの共和主義者、ヴェルディはサボイア王国の宰相カヴールのシンパであるからだ。

マッツィーニ自身は、ギターを奏し、女性をくどく時にも、活用したし、スイスに亡命していたときには、女装してギターを弾いていたこともあるという。

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マッツィー二とウィルソン

ジュゼッペ・マッツィーニと言えば、リソルジメントの戦闘的思想家であるが、10月21日からジェノヴァでマッツィーニと彼をめぐる絵画展が催されている(コリエレ・デッラ・セーラ10月19日)。

コリエレ紙は、3面ぶちぬきでこの展覧会およびマッツィーニについての様々なエピソードを紹介している。

マッツィーニの思想は、イタリアの独立・統一のため戦いつつ、あらゆる民族の独立を唱えたため、その影響はアジアにまで及んでいる。

政治的には、敗北の連続で、1864年に第一インターナショナルという社会主義者のグループをつくる際に、マルクスと対立して敗れた。

僕としては、オーウェン(幼稚園の創始者!です)なども含め、空想的社会主義者といわれたり、マルクスに否定されたりした人には、結構豊かな可能性が今から考えるとあったのではないか、と思う。

時代は下って、1919年、第一次大戦後、ヴェルサイユ条約が結ばれるわけだが、当時のアメリカ大統領ウィルソンは、ヴェルサイユ会議に先立って1月5日ジェノヴァに立ち寄った。

その日は折悪しく、大雨だったのだが、ジェノヴァのコルヴェット広場で大統領は、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世の騎馬像とジュゼッペ・マッツィーニの胸像に敬意を表した。

さらにウィルソンは、マッツィーニの墓を訪れたがったのだが、打ちつける雨に断念せざるをえなかった。

ウィルソンが前年に発表した14条は、ヴェルサイユ会議に大きな影響を与えた、新たな国際秩序を形成する方針となったわけだが、多くの面でマッツィーニ的であった。

ウィルソンは、マッツィーニに敬意を表した理由を求められたときに、大統領になる前にプリンストン大学教授だったときにマッツィーニの思想を研究したことを挙げ、「今は、彼の理想を実現しようとしているのです」と答えたという。そのなかには、国際連盟の構想もはいっていた。

イギリスの歴史学者デニス・マック・スミスによると、1919年6月、当時イギリス首相のロイド・ジョージは、次のように述べた。

「今日、我々が見るヨーロッパの地図は、ジュゼッペ・マッツィーニの地図だ。マッツィーニは、自由な国家の予言者だった。(・・・中略)ビスマルクが建てた立派な建物が、ずたずたに壊されてしまったが、あの若者、イギリスに亡命し、そこで長年貧困のうちに友人の協力でなんとか暮らし、武器といえばペンだけというあの若者の夢が、今やヨーロッパ大陸全体の驚くべき現実となったのだ。」

だから、第一次大戦後に独立した国々はウィルソン大統領だけでなく、マッツィーニの恩恵にもあずかっていることになるわけだ。

また、マッツィーニの影響は、アジアにも及び、インドのガンジー、中国の孫文、梁啓超、さらには中東関係でシオニスト、シリアのバース党の創設者アフラクにも影響を与えているそうだ。

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2005年10月28日 (金)

チャンピ大統領、カラーブリアへ行く

チャンピ大統領は、先日カラーブリア州ロクリで暗殺されたフォルトゥーニョ氏の弔問に訪れた(コリエレ・デッラ・セーラ10月19日)。

大統領は、遺体が安置された大会議室で、お棺の前で5分間立ちつくした。その後、頭をたれ、未亡人の手に接吻し、子供たちを抱擁した。

大統領は、ローマへの帰路につく前に、カラブリアの人々に呼びかけた。「しっかりと立ち上がってください。あなたがたは孤立していません。全イタリアは、あなたがたと共にあるのです」。

こういう際のチャンピ大統領の行動は素早く、意思の伝え方が簡潔かつ明快で、多くの人に勇気を与える。

去年、ナポリで犯罪組織カモッラの組織間抗争で多くの死者が出て、治安状態が最悪になったときも、チャンピはナポリに行き、ナポリ人に直接呼びかけたのだった。

ちなみに、2001年7月から2005年6月での殺人事件2740件のうち、犯罪組織によるとされるものは、648件。その648件の内訳は、ナポリのカモッラが322件(49,7パーセント)、カラーブリアのンドランゲタによるもの141件(21,8パーセント)、シチリアのマフィアによるもの79件(12,2パーセント)となっている。

また、レッジョ・カラーブリアの犯罪組織のアングラ・マネーは350億ユーロで、州の国内総生産289億ユーロを上回っている。

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2005年10月27日 (木)

元女性市長、修道女になる

マリア・ヴィリアンティというシチリアの元女性市長が、正式に修道女となった(コリエレ・デッラ・セーラ、10月18日)。

彼女は、パレルモとメッシーナの間のカステル・ディ・ルーチョという町でかつては市長をつとめていた。旧共産党、左翼民主党の一員として、マフィアとの水闘争、職場確保など第一線で活躍した人のようだ。

現在は、未亡人で、4人の子供、孫もいる。 

しかも、彼女が入った修道院は出入り禁止のmonastero ci clausura という厳しいものだ。家族などとの面接こそ許されるものの、修道院から出ることは出来ない。

このタイプの修道院は、現在世界で、3529あって、4万7626人の修道女が暮らしている。世界といっても、半分以上はヨーロッパに存在している。

イタリアには、この出入り禁止の修道院は468あって、6672人の修道女と321人の修練者(novizie)が生活しているという。

修練者(novizie)という言葉は、耳慣れない言葉なので、この際、調べてみた。研究社の「新カトリック大辞典」によると、修道女(士)になる誓願を立てる目的で、修道会に正式に受け入れられ、修行中の人のことをいう。その修行を修練とカトリック教会では呼んでいるようだ。

もともとは古代ローマで、古参の奴隷ではなくて、比較的新参の奴隷のことを novicius(新参者、初心者)と呼んでいたことから来ているそうだ。

修練者は、自分に召命(自分が修道女・修道士になることが神のおぼしめしだと確信すること)がないと確認した場合、いつでも自由に修道会を去ることができる。

この修練者の様子がもっともよくわかる映画は、2002年イタリア映画祭で上映された「もうひとつの世界」(Fuori dal mondo) であろう。マルゲリータ・ブイ演じるところの修練者は、何度か修道院長から、もしかしたら、あなたは世俗に生きる方がよいのではないか、という意味の忠告を受けて、迷う。

この映画は、1998年のピッチョー二監督の作だが、イタリアとカトリックの関係を考えるときに、非常に示唆に富んでいると思う。

さて、イタリアの修道院にもどると、出入り禁止の修道院をもつ修道会は32ある。一番修道院の数が多いのはフランチェスコ会(クララ修道会:サンタ・キアーラが創設したフランチェスコ派女子修道会、カプチン修道士会をふくむ)で、次がベネディクト会である。

元市長は、マリア・ヴィリアンティという名だが、修道女としては、suor ジョヴァンナ・フランチェスカと呼ばれているそうだ。suor  は suora (修道女)につける敬称で、英語ならシスター○○ということだが、本名(マリア)と、修道女になっての名前(ジョヴァンナ・フランチェスカ)が異なっているのは、イタリア人の場合、普通のことなのだろうか?

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2005年10月26日 (水)

ある南部の殺人事件

レッジョ・カラーブリアのロクリで州議会副議長が殺された(コリエレ・デッラ・セーラ10月17日、18日)。

殺されたのは、フランチェスコ・フォルトゥーニョ氏。刺客は、銃弾を5発放ち、逃亡。フォルトゥーニョ氏は54歳。

事件の背景には、犯罪組織(ンドランゲタ)があり、病院の改修工事落札をめぐる思惑があったのではないか、と見られている。

中道左派の首相候補の予備選挙が行われる当日を選んで、予備選の地方本部で、犯行は実行された。フォルトゥーニョ氏は、中道左派を構成する党マルゲリータに属していたのだ。

カラーブリアでは大きな仕事は、ンドランゲタの下部組織コスケからの指示に従わなければ進まないと言われている。

フォルトゥーニョ氏はロクリの救急病院の院長で、夫人は衛生部長である。夫人の父親は、弁護士でキリスト教民主党の上院議員であった。

検事で、マフィア関係の捜査を長年にわたり経験してきたヴィンチェンツォ・マクリ氏によれば、カラーブリアには国家主権が及ばず、この地を支配しているのは、犯罪組織ンドランゲタだということだ。

フォルトゥーニョ氏が病院長をつとめていた病院の拡張・改修のため1400万ユーロ(約20億円)の工事が予定されており、その落札にンドランゲタは関わりたかったのだが、フォルトゥーニョ氏は、ンドランゲタを出来るだけ排除するよう動いていた、ということが事件の背景にあるようだ。

カラーブリアの闇は深い。

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2005年10月25日 (火)

エンゾ・ビアジの新刊

ジャーナリスト、エンゾ・ビアジの新刊 Era ieri が出た (コリエレ・デッラ・セーラ、10月17日)

出版社はRizzoli。自伝的なエッセイを集めたもののようだ。コリエレの新刊紹介は、大きな取り上げ方の場合、さわりの一部をそのまま掲載する。

この場合は、マストロヤンニとの対話(1996年2月)である。ソフィア・ローレンとマストロヤンニの愛情はやむことがなかったという話。

その他、ベルルスコーニとの不和で、814回も続いたFattoというテレビ番組を降ろされたこと。

1920年生まれのビアジは85歳。マストロヤンニにしろ、インドロ・モンタネッリ(ビアジの同僚であったジャーナリスト、日本ではルネサンスやローマの歴史本で有名か)のことを直接よく知る貴重な語り部である。

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2005年10月24日 (月)

イタリア文化会館は赤すぎるか

東京・九段のイタリア文化会館は建て直して立派なビルになったのだが、地元から色が派手すぎて周囲との調和をこわしているので、塗り直して欲しいとの要望をうけている(コリエレ・デッラ・セーラ、10月16日)

コリエレ紙によると、このことは読売新聞で報道されたということだが、インターネットの読売新聞のサイトでは検索しても出てこなかった。

イタリア文化会館は、イタリア大使館の文化部であり、この建物は、Gae Aulenti が設計に関わり、鹿島建設により建てられたもので、今週の金曜日(10月28日)がオープンである。

僕はまだ、建築中のものしか見ていないのだが、鮮やかな色でイタリアらしいな、という印象は持った。

1993年と1998年にこの地区が景観保護の取り決め(イタリア語からの訳なので、正確な日本語ではないかもしれません)をしたのだが、イタリア文化会館が守っていない、というのが、抗議した人たちの主張である。

立て替えが決まったときに、イタリア文化会館の人たちはどれくらいそのことを認識していたのだろうか? 異文化間のコミュニケーションはむつかしいですね。

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2005年10月23日 (日)

教皇、仕立屋を変える

新教皇ベネデット16世は、法衣を注文する仕立屋を変えた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月15日)。

教皇庁の御用達の仕立屋はGammarelliという店で、1793年以来のおつきあいという。

ベネデット16世は、教皇に選出される以前、つまりラッツィンガー枢機卿であった時代に注文していた仕立屋Eurocleroに法衣を注文したとのこと。

御用達の仕立屋Gammarelli以外の店に作らせた教皇には前例がある。ピオ12世(在位1939-58年)である。彼は、自分の家のなじみの仕立屋に法衣をつくらせたそうだ。

こうしたことが、コリエレ・デッラ・セーラにピオ12世の写真、ベネデット16世の写真、教皇が見にまとう法衣のイラストおよび解説、GammarelliとEurocleroという二つの仕立屋の写真入りで記事になること自体が、僕には興味深い。

イタリアの新聞には、イタリア政治に対する枢機卿のコメント(それが教育問題であれ、不妊治療に関することであれ)がしばしば掲載されるし、ヴァティカンの動きも一般紙に掲載される。

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ボッティチェッリの「春」に新解釈

ボッティチェッリの「春」に新解釈が登場した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月14日)。

ローマ大学サピエンツァのエンリーコ・グイドーニ教授(美術史)によると、ルネサンスを代表するボッティチェッリの「春(プリマヴェーラ)」は、ロレンツォ・デ・メディチの政治観・政治戦略を示すものであるという。

具体的には、あの絵の登場人物は、イタリアの諸都市を表わしているのだという解釈である。一番左側のメルクーリオはミラノを、手をつないでいる三美神は、ピサ、ナポリ、ジェノヴァの海洋都市国家を、中央の春の女神はマントヴァを、その上を飛ぶ愛神アモールはローマを、花をまとったフローラはフィレンツェを、その右の風神から逃げようとするプリマヴェーラはヴェネツィアを、そして右端の風神ボレアはボルツァーノおよびティロルを表わしているのだという。

ロレンツォは国家間の同盟、勢力均衡のもとにあるイタリアを表現させたというわけである。

記事にも紹介されている通り、シエナのドゥオーモの床にも、大理石によって、シエナ周辺の都市国家が動物の形をとって表わされているという前例(表現の仕方がかなり異なると言えば異なるわけだが)はある。

さて、この新解釈、いかがでしょう?

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2005年10月22日 (土)

イタリアの劇場、映画館スト

イタリアの劇場、映画館が文化関係予算の大幅カットに抗議してストライキを挙行した。(コリエレ・デッラ・セーラ、10月14日)。

文化関係の予算は、4億6400万ユーロから、3億ユーロに前代未聞の大幅40パーセントがカットされるという。

ちなみに4億6400万ユーロから3億ユーロだと、35パーセントのカットなのだが、イタリア人は大胆に四捨五入するのだろうか。それとも35パーセントというのは細かい数字で普通の読者にはピンとこないのだろうか。

分野別にみると、オペラは2億2200万ユーロから1億4300万ユーロへ、映画は8400万ユーロから5400万ユーロへとカットされる。

今までの補助金が、全国家予算にしめる割合はどれくらいかというと、0,33パーセントで、フランスやドイツの1,5パーセントに較べて小さいのにとんでもない、というのが抗議者の主張である。

さて、日本の文化関係補助金はいくらくらいでしょう。文化庁のホームページに行けばわかります。http://www.bunka.go.jp/1aramasi/frame.asp{0fl=list&id=1000000025&clc=1000000001{9.html

答えは、0,12パーセント。このホームページでは、フランスが0,9パーセントで、ドイツはもっと低く出ていますが、註にあるように、ドイツは国家予算ではなくて、地方自治体レベルでの補助金が多いので、国家予算は少なくとも、公共的な補助金はその何倍にもなる。まあ、どういう基準からみても、日本はずばぬけて低いですね。

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2005年10月21日 (金)

学生スト

イタリアの学生がストを行っている。(コリエレ・デッラ・セーラ、10月13日)

これまで、ローマ大学の学生がモラッティ教育省の改革案に反対してストライキを行っていたが、今度は高校生のストである。

主催者である中道左派系の団体(Unione degli Studenti, Studenti di sinistra, Rete sempre ribelli) によると、約25万人がデモに参加したとのこと。

ナポリで3万、ミラノで2万5千、ローマやパレルモで2万、フィレンツェで数千という。

彼らは、モラッティ法案の廃案と、義務教育年限18歳への引き上げ、学校運営への学生の参加を要求しているという。

日本でも、昔は、激しいストを大学生が行ったり、鉄道のストライキなどもありましたが、今はストとかデモは、めっきり見かけなくなりましたね。なぜでしょう?

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続・枢機卿会議

枢機卿会議は、まだ続いている(コリエレ・デッラ・セーラ10月13日)。10月2日から23日までだそうだ。

そこで話題になったのが、カジュアルな服装。イタリア人枢機卿から出た話題ではないのだが、司祭の中に、ジャージやジーンズの上に直接、白の祭服を着てミサをとりおこなうものがいて、それはいかがなものか、ということが議論になったとのこと。

たしかに、僕の経験では、イタリアではそういう神父や修道士は見たことありませんね。

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セルジョ・チッティ逝く

セルジョ・チッティが10月11日亡くなった。(コリエレ・デッラ・セーラ、10月12日)

セルジョ・チッティは、兄弟のフランコとともにパゾリーニとの縁が深い。フランコ・チッティは言うまでもなく、パゾリーニのデビュー作「アッカトーネ」をはじめとして、彼の主要作で主役を演じている。

一方、セルジョは、パゾリーニがローマの下町(ティブルティーナ周辺)を舞台にした下層無産階級の生き様を描いた小説を書いたり、映画を作るさいに、彼らの特徴的な言葉使い(方言といってもよいだろう)をパゾリーニに伝授した。

セルジョがローマの下町の言葉を伝授したのは、パゾリーニだけではなく、フェリーニの「カビリアの夜」、ベルトルッチの初期の作品「殺し」(ちなみにパゾリーニの原案をもとに、チッティとベルトルッチが脚本を書いている)、ボロニーニの作品に対してである。

チッティは、その後、自らも監督となって映画をつくっているが、残念ながら、僕は一作も見ていない。日本で上映したことはあるのだろうか? デビュー作は「オスティア」。「カゾット」は傑作と称されているようだが。

また、コリエレ・デッラ・セーラで取り上げられているのは、パゾリーニを殺した真犯人を知っていると、チッティが生前語っていたことだ。これは同紙で以前に記事にもなっていたし、犯人とされ、服役もしたペロージも最近になって、自分が犯人ではないと、テレビ番組に出演して語ったのだ。

パゾリーニの死の謎は、いまだ藪の中と言えよう。

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2005年10月19日 (水)

枢機卿会議の話題

ヴァティカンで枢機卿会議(Sinodo)が行われている。

そこで、話題になっていることの一つとして聖体拝領の問題がある。(コリエレ・デラ・セーラ、10月12日)

聖体拝領とは、むろん、ミサのときにパン(というかウエハースのようなもの)を司祭から信者がもらうのであるが、現在のきまりだと、離婚して再婚したものは聖体拝領がうけられないのである。

それを不満に思う信者も少なくないであろう。枢機卿会議においての議論は神学論争であるから、そもそも聖体をどう考えるべきかということになる。

アンジェロ・スコーラというヴェネツィアの枢機卿によれば、聖体は神からの恵み(dono)で、それを受ける、受けられぬに関して変更の余地はない。

それに対し、 Julian Herranz枢機卿(スペイン人だそうだが、何と発音するのだろう)によると、聖体拝領は一つの権利(diritto)  であり、それに関するルールは変更が可能だということになる。

念のために付け加えると、Herranz枢機卿は、聖体拝領が 神の恵みであることを否定しているのではなく、dono であることと、diritto であることは、二つの異なるレベルで両立するのだとしている。

また、この聖体拝領の問題は、再婚した信者だけではなく、カトリック教会以外の教会に属するもの(intercomunione) の場合も同様に考えられる。

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アニェッリ一族のラーポ、麻薬で意識不明

故ジョヴァンニ・アニェッリの孫、ラーポ・エルカンが、麻薬のカクテルで意識不明で入院した(コリエレ・デラ・セーラ、10月11日、12日)。

 カクテルというのは、コカインの粉を鼻から吸い込んだ直後にヘロインを吸うことらしい。このところ、コカインの値段が下がり、急速に広まっているとのこと。

 ラーポ・エルカンは兄弟のジョンとともに、フィアット復活を目指し、活動中であった。彼は、アニェッリ一族の中でもっとも外向的な性格の持ち主だという。

  ちなみに、ラーポ・エルカンが倒れた晩に、一緒にいたのは、trasvestito (女性の服装をした男性ですね)3人であった。

 さいわい脳にダメージはないようだが、こうしたコカインとヘロインの重複的な使用で、死に至ったものは何十人もいるという。イタリアに限らずヨーロッパにおける麻薬の広まりは相当なもののようだ。

 僕が個人的に聞いただけでも、デンマーク、イギリスの学生の間では簡単に手に入るし、また使用しているものも決して少なくはないようだ。

 イタリアでは、今年、昨年と比較して、押収されたコカインの量が倍増している。

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2005年10月18日 (火)

スカラ座の危機

スカラ座が危機的状況である。スカラ座は、支配人がMauro Meli からStephane LissnerというフランスのAix en Provenceで成功を収めた人にこの4月に変わったばかり。その騒動の中で、指揮者ムーティも去った。

 そこへもってきて、今回は、国からの補助金が大幅にカットされるという。カットの額は、1000万ユーロ、およそ13億円で、これは補助金の約3分の1に当たる。

 スカラ座は、イタリアの単なる一劇場ではなく、イタリア・オペラの最高峰であることを考えると、このカットがもたらす打撃は、もしこれが継続的ならば、はかりしれない。

 実は補助金カットはスカラ座だけではなく、大学もローマ大学をはじめとしてストを行っている。

 イタリア政府はEUから赤字削減を求められてはいるのだが、こんなところにしわよせがくるとは・・・

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2005年10月17日 (月)

イタリアに企業大学

イタリアの日刊紙コリエレ・デラ・セーラには、たまにおまけで第二部のようなものが付いてくる。健康特集だったり、経済特集だったりする。

そのおまけの一つ、コリエレ・エコノミカの10月10日によると、イタリアでも、コーポレット・ユニヴァーシティが最近登場してきているという。

 アメリカでは80年代終わりには400校ほどだったのが、現在では2000校以上あるという。

 イタリアでは最近になって企業大学が出現してきた。いわば「オーダーメイドの大学(ateneo su misura)」なわけで、EniやEnel、Telecom,Fiatといった大企業がこういうものを持っているという。

 現在のところCorprate University は学士号を出すわけではなく、「正式の」大学ではない。

 学ぶ内容としては、ファイナンス、マーケティング、管理、プロジェクト・マネージメント、インフォメーション・テクノロジー、戦略論といったところである。

 内容からすると、経営学部に近いと思われる。イタリアの場合、経済学部はあるが、経営学部に近いものを学ぶところは少ないのかもしれない。

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2005年10月16日 (日)

イタリアで増える不規則雇用

 コリエレ・デッラ・セーラの10月6日のローマ版によると、ローマでは、非正規雇用が増えているという。非正規雇用というのは、正社員ではない雇用で、官僚の側は lavoro atipico (非典型的労働)と呼び、労働組合は、lavoro precario (不安定な労働)と呼ぶ。

 実際、これは労働組合の保護もなく、最低6時間の労働で日当が35ユーロ前後というものだという。

 ローマで働く人は107万5000人、その中で非正規雇用は約24万人、闇労働は少なくとも15万5000人いるという。約4分の1が、不安定な雇用ということになる。

 ところが、この不安定な雇用の比率は急激に増加している。2004年前半にローマで労働市場に新たに参入した人は7万9千人で、そのうち2万2千人が不安定雇用で、その比率は28パーセントだったのに対し、2005年前半に労働市場に参入した人は10万2800人でそのうち4万8500人が不安定雇用で、その比率は47パーセントにのぼるのだ。

 これには、明るい面と暗い面がある。明るい面は、こうした一時的な雇用のおかげで、ローマは全国平均に較べ失業率が低い(全国平均が8.1パーセントに対し、ローマは7.2パーセント)。しかしながら、暗い面として、この雇用は長期雇用を保障するものではないし、さまざまな労働者の権利が保障されていないことがあげられよう。

 こうした雇用は、行政も行っており、ローマでは8万5000人にもおよぶという。

 日本でも、周知のごとく、派遣や嘱託職員という形で、正社員の数をへらし、パートタイマーを増やすということが、多くの会社で行われている。

 日本では、団塊の世代の大量の定年退職により、正社員の雇用も増える見込みであるというが、パートタイマーに関してこそ、将来の年金がどうなるのかが問題であろう。

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2005年10月15日 (土)

イタリア選挙法改正か?

今日の朝日新聞によると、イタリアの下院で、選挙法改正案が可決されたという。現在の小選挙区中心、比例代表25パーセントから完全比例代表制にするという。まだ上院が残っているし、大統領が法案に署名するかどうかという問題もあるようだが、どうなるだろう。

 今の制度は93年に成立したのだが、これによって、96年、イタリア初の中道左派政権が成立した。この時は、ウリーヴォ(オリーブの木)という中道左派グループのリーダーにプローディがなって選挙に勝ったのである。

 僕はたまたまこの時、ボローニャに滞在していた。選挙で、子供の小学校は休みとなり(というかパスクワの休みと重なってかなり長い休みとなったように思う)、エミリア・ロマーニャを旅行していたのである。ホテルは、街の中心広場に近く、赤旗で埋まり、勝利を祝っていた。その様子はテレビでも中継され、眼前の風景と、テレビの中の光景が一致しているのを(考えてみれば当然なのだが)不思議なことのように眺めていた。

 その後、2001年の選挙では、ベルルスコー二率いる中道右派が勝ち、現在にいたるわけだ。2001年には存命中であった保守のジャーナリスト、批評家のインドロ・モンタネッリは、ベルルスコーニが勝つと「やりすぎ」るだろう、といって自分は中道左派に入れるといっていたが、総選挙が眼の前になって(どんなに遅くても2006年には総選挙となる)、根本的な選挙改革をやろうというのは、「やりすぎ」のように思えるが・・・

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2005年10月13日 (木)

ベニーニの新作

 コリエレ・デラ・セーラによると(10月5日づけですが)、ベニーニの新作映画が14日からイタリア中の映画館でかかるという。

 ベニーニといえば「ライフ・イズ・ビューティフル」や「ピノッキオ」を見た人が多いと思うが、その前に、日本で公開されたのは、「ジョニーの事情」であった。

 「ジョニーの事情」は、新宿のある映画館で上映されたが、行ってみると、十人も観客がおらず、案の定、すぐに打ち切られてしまった。しかし、これが大変面白いのだ。

 あるマフィアがペンティート(警察に協力して、自白した人間)となり、裏切り者として、かつての仲間のマフィアから狙われている。

 愛人のマリアは、養護学校のスクールバスの運転手をしている男が彼にうり二つなのを発見する、というところから話は始る。

 そっくりさんのとりちがえの物語は、シェイクスピアの喜劇にもよくあるパターンだが、シチリアを舞台として、政治風刺もきいていて、爆笑シーンがいくつもあった。

 今度の新作は、イラクが舞台。ヴィットリアという女性(ブラスキ)が、イラクにある詩人の伝記をつくりにいくが、アメリカ軍のイラク爆撃前夜で、彼女がけがをしたと知った詩人のアッティリオ(ベニーニ)が彼女を助けにいって、さまざまな冒険をしてしまう、というお話のようだ。

 ベニーニは、ここで詩人に扮しているが、彼はもともとダンテの講釈をしたり、それをテレビ中継してものすごい視聴率を獲得したこともある。彼の中には、下品なお笑いと、批評・風刺精神と、高度な知性が同時に存在している。

 新作映画は、いつ日本で見られるだろうか。

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2005年10月12日 (水)

NHKのイタリア語講座はいけてるか?

今日、ゼミの学生にNHKのイタリア語講座の新番組(第二回放送分)を見てもらった。

僕のゼミは、イタリアの社会・経済・政治を学んでいくゼミなのだけれど、うちの学部では、第二外国語ではイタリア語がとれないし、三つ目の外国語を学ぼうとする意欲を持った学生は少ない。

反応ですが、なかなか測りがたい。イタリア語講座自体をはじめて見た人が多いので、今回のユニークさといったことは比較のしようがないようです。

テレビニュースを題材とすることには、案外、拒絶反応はなさそうです。後半は、パパイヤとエンクミのまさに入門編の再放送ですし。「~出身です」というのをならった。

essere の活用を説明したのだが、第二外国語がフランス語の学生も何人かいるのだが、それ以上に中国語という学生が多いので、フランス語の文法知識を前提とするわけにはいかない。

再来週からは、レポート発表形式となるので、NHKのテレビ講座を見るのは、あと一回かな。

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2005年10月11日 (火)

涼しい一日

 このところ、暑いかと思うと、急に涼しくなり、家内や息子が風邪をひいている。

 風邪くらいならよいが、今年は、ヨーロッパのニュースではたびたび鳥インフルエンザの広がりに対する警報が発せられている。

 なぜか、日本ではそれほど取り上げられていない(NHK衛星の海外ニュースの時のキャスターコメントを別として)

 今週の日曜のイタリアのRAIのニュースは見たことのない女性キャスターが出てきたと思ったら、ストライキのためだった。イタリアはテレビ局も時々ストがあって、ニュースも映像がスタジオだけで、淡々とキャスターが記事を読み上げる姿が映しだされる。

 NHKもストをやったら面白いね、と家族は言うが、不払い運動がさらに激しくなってしまうから、到底無理でしょうね。

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2005年10月10日 (月)

アリオダンテ

先週の金曜日、アリオダンテ(ヘンデル)を東京文化会館で観た。ヘンデルの本格的なバロック・オペラを観るのは僕ははじめてであり、来日する引っ越し公演のオペラでバロック・オペラを上演するのは非常に珍しいと思う。 

 バロック・オペラが珍しいのは、単純に、お客が入るかどうかが不安定だからで、いわゆるレパートリーに入っている「椿姫」や「ドン・ジョヴァンニ」の方が、集客が確実に読めるからだ。

 その点で、今回のバイエルン・オペラを招聘した佐々木忠次氏の勇気に敬意を表したいと思う。

 さて、演奏内容ですが、僕は楽しめた。まず、ヘンデルの曲づくりのうまさがあってのこと。明るいメロディ、しんみりとしたメロディ、早い曲、ゆったりとしたテンポの曲の組み合わせがたくみ。

 さらに、指揮者のボルトンは非常にきびきびとしたテンポ。叙情的なアリアで、歌手はもっとたっぷりと歌いたがるようなところでも、テンポを落とさず。僕はそこを評価したい。歌手の歌いたいようにテンポを落とすと、曲の前へ前へと進む推進力が弱まって、ある感情に浸ることになる。曲全体がそれを求めているような場合はそれでよいのだが、往々にしてそうではない。

 ストーリーは、僕が読書会で読んでいて(現在、先生が療養中のため中断しているのだが)、イタリアでは非常に有名な叙事詩「オルランド・フリオーゾ(狂えるオルランド)」からとったエピソード。

 「オルランド・フリオーゾ」は名古屋大出版局から二巻本で翻訳出ています。強いて言えば、「平家物語」みたいなものなんだけど、エピソードがあちこち飛んで、Aの話をしていたかと思うと、Bの話になって、しかもいろんな怪獣とか出てきて、その怪獣から美女を救いだす騎士の物語とかあって愉快な物語ですよ。

 さて、この「アリオダンテ」は宮廷の相思相愛のカップル(アリオダンテとジネーヴラ)に横恋慕するやつ(ポリネッソ)がいる。このポリネッソはイヤーゴのように、策略を用いて、アリオダンテにジネーヴラが浮気をしていると思わせる。ポリネッソに思いをよせる女官ダリンダにジネーヴラの衣装を着させて、ポリネッソといちゃつくところをアリオダンテに目撃させ、誤解させるというわけである。

 アリオダンテを歌う歌手をはじめ、主役四人が皆、高い声である。きっと当時は、カストラートがいたから、高い声でも、男女の別ははっきり判ったのでしょう。アリオダンテ(男の役)はアルトのアン・マレイが歌い、ポリネッソ(男の役)はカウンターテナーが歌っていた。

 演出上、出来れば、もう少し、演じる役柄の男女がはっきりと判るようにしてほしかった。髪の長さの違いとか、服装にめりはりをつけて。(声は、女の人が多いので、まぎらわしいのです。また、東京文化会館は広い劇場ですから、舞台まで距離のある人もいますし)。

 アン・マレイは姿勢や仕草がどうもおばさんくさいところがあって、コロラトゥーラの切れもいまいちで、タイトル・ロールとしてはちょっと、という感じ。カウンター・テナーもあきらかに声の調子は良くなかった。

 しかし、オーケストラのテンポはぐいぐいと前へ進んで行くので、退屈はしない。さらに、PAを用いているから、普通なら蚊の鳴くような音でしか聞こえないチェンバロの表情づけがはっきりと判り、指揮者の意図、曲想のとらえ方が明確に観客に伝わったと思う。PAの音自体はもう少し小さくても良かったとは思うが。

 全体としては、ヘンデルのオペラ、結構面白いなあ、と楽しめました。会場には、永竹さん、堀内修さん、壇ふみさん、楽天の三木谷さんなどを見かけました。

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NHKのイタリア語会話

NHKのテレビイタリア語会話の10月からの新講座を見た。大胆な変身である。テレビニュースという形をとり、結構むつかしい単語もばんばん出てくる。繰り返しや字幕をうまく使っていると思うが、イタリア語初心者の反応はどうなんだろう。学生に見てもらおうかな。

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