2023年5月21日 (日)

Il porta fortuna コンサート

Il porta fortuna というグループのコンサートを聴いた(中板橋、マリー・コンツェルト)。

前半はモンテヴェルディのマドリガーレ。構成は男女5人だったり、男性2人だったりと様々。

後半はヴィヴァルディとヘンデルのオペラ・アリア。ヴィヴァルディは叙情的な曲で、アジリタの効いた曲ではない。ヘンデルの方が派手な曲だった。

モンテヴェルディの掛け合いは、歌手が目の前で歌ったくれるほうがテーマの受け渡しがよく分かる。テノール二人の曲もあれば、テノール2人、バス1人、ソプラノ1人、メゾ1人といった曲もあり、それぞれ異なった曲想、味わいで飽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年3月 4日 (土)

ヘンデル《オットーネ》演奏評

ヘンデルのオペラ《オットーネ》の最終日を観た(カールスルーエ、州立劇場)。

カールスルーエ・インタナショナル・ヘンデル音楽祭の千秋楽である。この音楽祭では、2つのオペラ演目と教会や小ホールでのコンサートが組み合わせられている。一年おきにヘンデル・アカデミーというマスタークラス+シンポジウムが開催される。演目は一つの演目を2年ずつやるのである年がAとBだとすると次の年はBとC、その次はCとDという具合にずれていく。1演目は新作(新プロダクション)でもう1作は再演となるわけだ。

今年の場合、《オットーネ》が新作で、オラトリオ《ヘラクレス》が再演だった。そのせいか《オットーネ》の方が客入りがよかったように見受けられた。

指揮はカルロ・イパータであるが、この人も叙情的な曲と元気な曲のメリハリをつけるのは良い。オケのうまさもあってコントラストは引き立つ。ただし、スローで叙情的な曲をすべてのフレーズを丁寧になぞるし、大きな区切りではリタルダンドまでする。その点には2つ問題がある。1つは音楽の推進力が落ちること。もう一つはリブレットとも絡むのだが、《オットーネ》に出てくる恋愛感情はロマン派のような恋愛感情と区別して考えるべきだということだ。テオーファネにしたところが、そもそもオットーネと名乗った人物が偽物だったわけで、気の毒と言えば気の毒だし、滑稽といえば滑稽なのである。彼女のせつせつと訴える気持ちは見事に音楽的に描かれているが、ドラマとしては第三者的に観るとコミカルな面がある。それは母親にあやつられているアデルベルトについてもそうだし、オットーネも妙に王様らしくない王様だ。ある意味では原作になったロッティの《テオーファネ》のパロディとなっている面がある。バロック・オペラに出てくる恋愛は、ロマン派以降のオペラの恋愛と較べるとずっと技巧的あるいはゲーム的・遊戯的要素の強いものである。だから綺麗なメロディを丁寧に丁寧に楷書的になぞるばかりではなく(そういう時があってもよいが)、時には行書的にさらっと流してほしかった。さらっと流しても、そこに心にふれるメロディーがある、というのも、名脇役がよく考えればこころ打つ台詞をさらっと言うというような感じで素敵ではないか。

しかし場合によって劇場によって観客層によってロマンティックな演奏の方が受けてしまうこともある。カールスルーエの客層は、地元の人が多く、ヨーロッパの他の国(多少はいる)、アメリカ、東洋からの客はごくまばらである。そしてこの劇場は通常はロマン派以降のオペラのシーズンを持っているので、健全なことに多くの観客は、ヴェルディやワーグナーも聴けばヘンデルも聴くという人たちなのだと思う。これが音楽祭でインスブルックやバイロイトのバロック・オペラ・ファスティヴァルになれば、バロック・オペラを好む客が集まっているという可能性がより高くなるだろう。

そういう意味で、カールスルーエという街の規模(人口約30万人)を考えると、実に豊かなオペラ生活が享受できる街なのだと言えよう。

 

 

 

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ヘンデル作曲《ヘラクレス》最終日

ヘラクレスのオラトリオ《ヘラクレス》最終日(3月2日)を観た(カールスルーエ、州立劇場)。

この日が筆者はこの上演を観る3回目であったが、この日は指揮がいくつかの点で筆者にとって好ましい方向に変化した。

1.指揮者から見て右手のチェロ、テオルボなど通奏低音への指示が増えた。手振りで指示することもあれば、顔を向けて首を振ることもあったが、何度か明らかに低音弦のエッジが効き(アタック音が明瞭になり)フレーズがより生き生きとする瞬間を確認できた。

2.アリアの途中で歌手がテンポを落としたときに、伴奏部分でレクーペロ(テンポを戻す)をして曲を引き締めるのも何回か確認でき、アリア全体がより均整の取れた音楽になっていた。

指揮者のモーテンセンは、このオラトリオの合唱を重視しており、そのことは前回も今回も共通して感じられ、この点はオラトリオとオペラの違いから来るもので、納得のいくものだ。周知のようにバロック・オペラの合唱は、大抵は曲の最後に登場人物が全員で歌うといった体のものなのだが、オラトリオの場合にはまさにギリシア劇のコーロのようにナレーター的な役割や、その場の情景、情感を描き出す積極的な役割を果たしているからだ。

この日はこの演目の最終日であるからか、カーテンコールで裏方も登場したのが印象的だった。裏方は数十人いて驚くほど多い。オペラの上演というものが、指揮、オーケストラ、歌手、合唱だけでなく多くのスタッフによって支えられてはじめて成り立つことを改めて確認した。

この日の上演が筆者が観た3回の中でもっとも充実した演奏、上演であったと感じる。最終日ということでより熱がこもったのかもしれないし、指揮者モーテンセンは、自分の指揮の細部を改善しつづける稀な資質をもった優れた指揮者であるからなのかもしれない。

こうした素晴らしい上演に巡り会えたことに感謝。

 

 

 

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2023年3月 2日 (木)

ヘンデル《オットーネ》の歴史背景

ヘンデル作曲、ニコラ・フランチェスコ・ハイム台本のオペラ《オットーネ》には、歴史上実在の人物が出てくる。オペラのリブレットではそこを忠実になぞるというよりは、いくつかのカップルの恋愛模様を創作し、かつ、歴史上の実在の人物の事跡も適当に変えているのでそのあたりの整理をしてみたい。

10世紀にオットー1世=オットー大帝は実在した。彼はランゴバルドのベレンガリオ2世と西ローマ帝国をめぐり争った。オペラとは異なりテオファネ(歴史的にはテオファノ)と結婚したのはオットー大帝の息子オットー2世である。テオファノは東ローマ帝国の皇女(皇帝の姪という説と別の皇帝の娘という説がある)。オットー大帝が同盟のしるしとして皇女を要求したのである。だから当然だがまったくの政略結婚である。このテオファノは夫の出陣に同行もし、政治にも口を出す積極的な人であるが、彼女は当時のビザンチン文化を西ヨーロッパにもたらした人でもあって、それまで手づかみで食事をしていた西ヨーロッパにビザンチンからフォークという文明の利器をもたらした。

オットー2世は、教皇ヨハネス13世によって共同皇帝として戴冠した。こうしてローマ帝国とドイツ王の結びつきが生まれたのである。神聖ローマ帝国という変なものがあって、なぜいつもドイツ語圏の王なのか、という疑問にこれは答えることになるだろう。そんな帝国は認めないという東ローマ帝国が抗議をし、戦いとなり、講和があって、講和のしるしにオットー2世と東ローマの皇女テオファノが結婚することになったわけだ。

実はその前にややこしい話がある。イタリアの王として支配していたベレンガリオ2世だが、前王ロターリオ王を暗殺した疑惑を持たれており、政治的正当化のため息子のアダルベルト2世とロターリオの未亡人を結婚させようとする。この未亡人がブルグントのアーデルハイトである。彼女は抵抗すると城攻めにあう。そこでオットー1世に助けを求めると彼が駆けつけベレンガリオ父子を追い出し、オットー1世はブルグントのアーデルハイトと結婚する。そこから生まれたのがオットー2世なのだ。

ヘンデルのオペラの方のアデルベルトとジスモンダが奪われた領土回復に執念を燃やすのは、上記のベレンガリオ2世、アダルベルト2世がモデルと言ってよいだろう。オペラも十分人間関係がややこしいが、史実の方がさらにいっそうこんがらがっている感じだ。

エミレーノ(後にバジリオと名乗る)は、東ローマ皇帝のバシレイオス2世がモデル。バジレイオス2世は、ロマノス2世の子でテオファネ(テオファノ)もロマノス2世の子という説もあるので、その説によればこの2人が兄妹ということになる。また東ローマ帝国内の権力闘争のため、バシレイオス2世は、長らくお飾りの存在で、実質的な皇帝になるのは後のことだった。

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2023年3月 1日 (水)

ヘンデルとゼレンカ

「ヘンデルとゼレンカ」と題された音楽会を聴いた(カールスルーエ、シュタット教会)。

ゼレンカは、これまであまり馴染みがなかったが、ヤン・ディスマス・ゼレンカという作曲家でボヘミア出身。ザクセン選帝侯に仕え、ドレスデンの宮廷でカトリック教会音楽家として宗教音楽を作った。ゼレンカが宮廷楽長になれるかという時に、ハッセがやってきて宮廷楽長になった。そのせいか作品にオペラは見あたらない。

今回の演奏会では、最初がゼレンカのテ・デウム(神を讃える歌)、ゼレンカのConcerto a 8 concertanti (ざっくり言えば8人の独奏者のいる協奏曲)、最後がヘンデルのテ・デウム。休憩はなしで約1時間半。字幕はない。

これくらいの長さで、宿(家)から近い音楽会というのも気軽な感じでよいものだ。聴衆もオペラ会場よりもより広範囲な社会階層が加わっているように見受けられた。チケット代もオペラの半額以下(もっともオペラも座席によってかなり値段の上下はあるわけだが)である。

今回のプログラムには構成の妙があってカトリックの作曲家ゼレンカのテデウムとコンチェルト、プロテスタントのヘンデルのテデウムという対照が一つ。ゼレンカのテデウムはラテン語で歌われ、ヘンデルのテデウムは英語で歌われた、その対照がもう一つ。それに加えて今日における聴衆への知名度の対照もあるだろう。

ゼレンカは実際に聴いてみると大変面白い作曲家だった。テ・デウムの前半では第一ヴァイオリンだけでなく、第二ヴァイオリン、ヴィオラも忙しく駆け回る、ある一定の音型を執拗に繰り返す。後半にはいって内省的な曲になると複雑な対位法が目立ってきてちょっとバッハ的かと思うと、案の定、ゼレンカはJ.S.バッハと面識があり晩年のバッハはゼレンカを高く評価していたことが記録に残っているのだった。

8人のコンチェルタンティのいる協奏曲も楽しかった。オーボエ奏者は指揮者が想定したテンポについていくのが大変そうだったが、オケはテンポを緩めずなかなかエクサイティングな掛け合いがあった。ヴァイオリンもチェロもトランペットもオーボエもファゴットも活躍する。結構派手だし、中身も詰まっている。音楽のラインは流麗で、テンポを急変(アレグロからアンダンテに急ブレーキをかける)させるところが何度もあって新鮮な驚きもあるのだった。

ヘンデルのテ・デウムはデッティンゲン・テデウムと言うものだった。ヘンデルは何度もテ・デウムを作っているのだが、1743年にイギリスのジョージ2世がデッティンゲンで戦勝したのを記念したテ・デウムなのだ。オーストリア継承戦争でイギリスはオーストリアと組んで、フランスと戦い勝ったのである。前回の教会での音楽会もそうであったが、たしかに宗教音楽を扱っているのだが、戦争とりわけ現在であればウクライナでの戦争を想起させるものとなっており不思議な(という形容がふさわしいのかどうかも疑問だが)アクチュアリティのある演目だった。

ゼレンカは筆者にとっては未知の作曲家だったがもっと聴いてみたいと積極的に思った作曲家である。リズムや対位法、適度な派手さが好ましいと感じる。

テ・デウムには独唱者がそれぞれいたが、もともと教会音楽なのでオペラに比するとそう活躍するわけではない。合唱団がおおいに活躍する。音域的にもオペラと異なりむしろバス歌手(Armin Kolarczyk)が活躍した。思うに、教会音楽の場合、ソプラノで作曲家が想定していたのはボーイ・ソプラノではないか。バスは合唱団のヴェテランで上手な人が受け持ったのかもしれない。当日ソプラノは二人いて、そのうち一人は日本の芸大出身でカールスルーエの音大で研鑽中の竹田舞音さんだった。

プログラムによると、1970年代末にゼレンカの作品は再発見され、これが今日チェコ・バロック音楽の中心となっている。テ・デウムという神をほめたたえる歌は、4世紀ミラノのアンブロジャーノにまで遡れるし、さらに以前という説もある。

 

 

 

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ヘンデル作曲《ヘラクレス》の演奏評

前項の続き。

指揮はラース・ウルリク・モルテンセン。コペンハーゲンでコンチェルト・コペンハーゲンを率いバッハの録音などでおなじみかもしれない。

オーケストラは、いつものドイツ・ヘンデル・ゾリステンで、ヴェテラン揃い。このオーケストラは音楽学者や音楽学校・音楽大学の先生などが集まって出来ている。カールスルーエの州立劇場の通常のシーズンのオケとは全く別なオケである。そういうシステムを採用しているのはドイツではカールスルーエのみとのこと。

モルテンセンの指揮は、一つ一つのアリアの中でここといった特徴を際立たせることはまれで、一つのアリアは比較的平坦に進む。旋律を担当するヴァイオリンやオーボエには指示が出るが、チェロやコントラバスにはほとんど出ない。だからアリアによって低音楽器でリズムやアタック音でアクセントをつける指揮者もいるわけだが彼の場合にはそれはほぼない。しかし一つのアリアと次のアリアとのコントラストはテンポといい強弱といい思い切ってつける。その結果、メロディーラインや、曲の大きな流れを聞き取ることは容易になるし、アリアと次のアリアのコントラストがくっきりつくので曲のより大きな構成が前景化する(目立つ)。

歌手はヘラクレスがブランドン・シーデル(バスバリトン)。体格よく(ヘラクレスの場合はこれも重要な要素かと思う)声も朗々と響き立派なヘラクレスであった。妻のデイアニーラはクリスティーナ・ハマーシュトレーム(メゾソプラノ)。メゾらしい大人の色気をたたえた声で嫉妬にもだえ苦しむアリアやアジリタを駆使していた。昨年は同じ役をハレンベリが歌っていたそうだ。オエカリアの王女イオレはローレン・ロッジ=キャンベル(ソプラノ)。小柄だが澄んだ通る声でアジリタもしっかり。ヘラクレスの息子ヒュルスはモーリッツ・カレンベルク(テノール)。英語の発音が妙に二重母音を強調したり強弱を強調して歌として聞き取りにくいのが難であった。従者リカスはジェイムズ・ホール(カウンターテナー)。案外出番が多い役で、演技・歌ともにナチュラルな良さがあった。

このオペラ(オラトリオ)では、合唱も活躍する。ヘンデル音楽祭合唱団が2016年に結成され、2017年の《セメレ》から登場したようである。彼らは歌うだけでなく、デイアニーラの嫉妬を表現するために彼女に密着して取り囲むといったその場その場のエモーションを表現する役割も果たしていた。またある時には舞台の両袖に姿を隠して声だけが聞こえて来たがそれもまた効果的であった。

 

 

 

 

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2023年2月28日 (火)

ヘンデル作曲《ヘラクレス》

ヘンデル作曲オラトリオ《ヘラクレス》を観た(カールスルーエ、州立劇場大ホール)。

今のところ二度観たのであるが、後述の小さな相違を除き演出、演奏に大きな違いは認められなかったのでまとめて記す。

今回の上演も、このところヘンデルのオラトリオ上演でよく見られるように、舞台装置を作り、歌手が演技をしかつ歌うというオペラ仕立ての上演である。一方、先日のオラトリオ《復活》は、小ホールでの上演であり、演奏会形式の上演で、歌手は身振りや演技もなく、コスチュームも無し。

オラトリオのオペラ化は、作品を馴染みやすくするメリットは大きいと感じる。ただし、オペラほどリブレットが突き詰めて書かれていないので、演出家が暴走すると歯止めがきかない面もありそうだ。

今回のフローリス・ヴィッサーの演出では、序曲から登場人物たちが動くのは通例だが何か木材が落ちるような大きな音、ドアをバーンとしめる大きな音をさせる。第二部の開始部のシンフォニアでもドアを大きな音で開け閉めするので閉口だった。静かにして音楽を聴くという暗黙の制度自体への反逆なのかもしれないが、そういう説教は余所でやってもらいたいものだ。その他にも意味不明の裁判場面があって裁判官が大きな音で木槌をたたく場面が何度もある。音に対するセンスが受け入れがたいものが筆者にはあった。

最近の演出でままあるが、登場人物の着替えをそのまま見せるシーンが何回かあったが、ドラマティックなアリアの途中での着替えは全く無用に思えた。この演出家はダ・カーポ・アリアのドラマ性を信じることができず、やたらにその間に何かをさせたり服を着替えさせたりして埋めなくては気が済まないように見えた。

レジーテアターでお決まりの精神病も出てきて、ヘラクレスの妻デイアニーラはドレスを脱いで拘禁服を着せられたりする。

英雄のドラマをホームドラマに矮小化する。その小道具としてテレビ(1950年代、60年代とおぼしき古い型のテレビ)が出てきて、例えばヘラクレスが見ているテレビをデイアニーラが消すといった具合。

最後にモック(歌わない)の秘書がタップダンスをする(何故か1度目には欠如していた)のはご愛敬。

これでは何の話かちんぷんかんぷんだと思うが、このリブレットはトマス・ブロートンという人によって書かれた。ブロートンは牧師だが実に多方面な著作をものしている。この作品は、古代ギリシアのソポクレスの戯曲『トラキスの女たち』と古代ローマのオウィディウスの『変身物語』をもとにしたものだ。

一言で言えば、ヘラクレスの妻デイアニーラが大変嫉妬深い女性で、その嫉妬のために愛する夫を死に至らしめた、という話である。

第一幕ではデイアニーラがヘラクレスの不在を嘆いている。息子ヒュルスが父を探しに行くと宣言する。そこへヘラクレスがオエカリア征伐を終え帰国の知らせ。ヒュルスはオエカリアの王女イオレに心惹かれる。

第二幕では、イオレを目的にヘラクレスはオエカリアを征伐したという噂をデイアニーラが信じこみ、イオレを責める。ヒュルスやヘラクレスが否定してもデイアニーラは聞く耳を持たない。ヘラクレスの愛を取り戻そうとデイアニーラはネッススの血の染みこんだ衣を従者リカスにゆだねる(あらすじ上ではリカスは端役だが、歌の出番は案外多い)。この後、イオレとデイアニーラが和解する。

第三幕 ネッススの血は実際には毒でヘラクレスはもだえ苦しむ。息子ヒュルスにオエタ山で火葬にするよう息子ヒュルスに頼む。これを知ったデイアニーラは半狂乱に。神官がヘラクレスの魂はユピテル神により神々の世界に上げられ、ヒュルスとイオレの結婚の神託があったことを告げられめでたしめでたし。最後の神官が歌うはずの部分は今回の上演では、ヘラクレス自身が歌っていた。

リブレットに関して。

今回の上演では英語字幕とドイツ語字幕が舞台上方に上下に重ねて投影されていた(小劇場でのオラトリオ《復活》では字幕は無し)。英語がリブレットの原文である。ヘンデルはオペラではイタリア語のリブレットを使用していたのだが、オラトリオでは英語のリブレットを用いるようになったのは周知の通り。

リブレットは韻文で書かれており、最も使用頻度が高いのは8音節詩行のカプレットである。即ち、1行に8つ母音があり、行末がAA,BB,CCのように2行ずつ韻を踏んでいく。レチタティーヴォなどでは韻を踏んでいない箇所も多い。また、7音節や9音節のカプレットになっていたりするところもある。さらに、カプレットではなくABABやABBA のような4行単位での押韻もある。細かく分類すれば例外もあるが、圧倒的に多いのは8音節のカプレットである。だからリブレットの段階での様式性は極めて高い。この時代の文学者・詩人のリーダーはアレクサンダー・ポウプであり、彼の最も得意とする詩形がヒロイック・カプレットと呼ばれる詩形だった。ただしポウプの場合は10音節詩行のカプレットであるが、ヘラクレスという英雄を扱うリブレットを書くにあたって台本作者のトマス・ブロートンがヒロイック・カプレットを少し約めた形を採用したのだと考えてよいだろう。18世紀の英文学にふさわしく、エレガントな文体で様式美のかたまりと言ってよい。また、それを実にヘンデルが対位法を駆使した様式にマッチさせている快感がある。

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ヘンデル作曲《復活》

ヘンデルのオラトリオ《復活》を観た(カールスルーエ、州立劇場小ホール)。

これはヘンデルがローマに遊学していた時代に書かれた作品で、リブレットを書いたのは、カルロ・シジスモンド・カペーチェという亡命していたポーランド女王の宮廷詩人だった人物。当時ヘンデルはローマの有力貴族ルスポリ家の世話になっていて、1706年4月8日復活祭の日曜日に初演された。場所は、ルスポリ家の屋敷パラッツォ・ルスポリである。

当時はローマでは教皇によりオペラが禁じられていたので、宗教的な題材(登場人物は、天使、悪魔、福音者ヨハネ、マグダラのマリア、クレオフェのマリア=クロパの妻マリア)で音楽的にはレチタティーボとアリアが交互にあらわれるオペラ的作品である。ちなみに、女性歌手を使ったことで初演時、教皇庁からおとがめがあったとのこと。

第一部と第二部からなる。第一部では天使と悪魔が論争する。

第二部では、天使が勝利を宣言する。マグダラのマリアとクロパの妻マリアはイエスの墓にむかい、その墓が空であることを見出す。

いろいろあってイエスの復活を信じてめでたしめでたし。

今回の上演では、初演時のオーケストラ編成をかなり忠実に再現していたようだ。当時としては大オーケストラで40人ほどの大編成だった。今回の上演でも同じく40人程度だったが、指揮者のまわりにヴァイオリン独奏、ヴィオラ・ダ・ガンバ独奏、チェロ独奏者らがいて、少し奥に10数名のヴァイオリン奏者、チェロ、ヴィオローネ(コントラバス)、トランペットなどが配されている。ここで効果的なのは、ヴァイオリンやチェロが一丁で弾く場面と全体で弾く場の交代が実に鮮やかなコントラストを描くこと。オーディオ的快感満載なのだ。どの程度のスピーカー、部屋ならこのコントラストが(そこそこ)再現出来るだろうかなどと考えてしまう。

歌手は, 天使が Carine Maree Tinney. イタリア語の発音が聞き取りにくい箇所はあったが、アジリタや声量は十分。ルシファー(悪魔)はダヴィッド・オストレック。非常に口跡のよいバス。マグダラのマリアは、フランチェスカ・ロンバルディ・マッズッリ。去年、神奈川県立音楽堂でヘンデルの《シッラ》が上演されたときにも出演しており、それはNHKで放映もされたのでご存じの方も少なくないだろう。クロパのマリアはカウンターテナーのラファル・トムキエヴィッチ。彼は抑制が効いてカント・バロッコの様式感をたたえつつそこに情感を込めることも自由に出来る優秀なカウンターテナーである。福音者ヨハネは韓国出身のテノール、ユン・ソン・シム。彼のパートは福音者であることもあって、オーケストラが鎮まり伴奏が指揮者のひくチェンバロになってしまうので音楽的なダイナミズムは他の歌手と比較すると乏しくなってしまうのだった。

オーケストラは、ハレのヘンデル音楽祭管弦楽団がやってきて演奏したのだが、独奏者がコンサートミストレス、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロどれも舌を巻くうまさ。指揮のアッティリオ・クレモネージの棒さばきも見事だが、彼らの間で交わされる微妙なニュアンスのやりとりに奏者自身が喜びを感じているのがよくわかった。非常に音楽的な感度の高い素晴らしいオーケストラである。さらに、ヘンデルが凝った仕掛け(ヴァイオリンのパートも独奏か全体で弾くか)を実に効果的に使っていて、本来であればコンチェルト・グロッソなどでも同様のオーディオ的な快感があってしかるべきなのだが、筆者は今回ほどのオーディオ的快感かつ音楽的快感をこういった編成から得たことはなかった。

宗教曲だから抹香臭いなどというステレオタイプからこれほど遠く、ドラマとしての魅力、音楽の愉しさ、オーディオ的快感に充ちた贅沢な時間だった。復活祭をこういうゴージャスな楽しみかたをするというのは、いかにもローマの貴族らしいとも思った次第。

この曲のいくつかのアリアは、後にオペラ《アグリッピーナ》などに転用されており、耳馴染みのある曲もいくつかあった。いつか、舞台化して天使や悪魔がでてくる上演を観てみたいものだ。

 

 

 

 

 

 

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2023年2月27日 (月)

ヘンデル作曲《オットーネ》

ヘンデル作曲ニコラ・フランチェスコ・ハイム台本のオペラ《オットーネ》を観た(カールスルーエ、州立劇場大ホール)。

州立劇場はただいま改修工事中で、入り口も2年前とは異なる場所で、入ると目の前がクロークである。敷地内には、巨大なクレーン車が据え付けられ、地面に大きな穴があいて地下に何か新たな構造物が出来るものと思われる。劇場の壁は一部が壊されている状態で、不出来な現代芸術のようでもある。

ヘンデルのオペラ《オットーネ》は原題は Ottone, re di Germani なのでドイツ王オットーネである。歴史上のオットー1世とその息子オットー2世の話を適当にまぜて、その上で勝手な恋愛関係を混ぜて作った話。実在の人物が登場するが、恋愛や細部のエピソードは勝手に作り上げるというのは18世紀のオペラセリアにはよくあるパターンである。

あらすじは、オットーネが征服した領土に対して、ジスモンダという前領主の妻が息子を使って領土を取り返そうと策略をめぐらす話で、ジスモンダのキャラクターは相当に強烈だ。ヘンデルの作品でいえば《アグリッピーナ》のアグリッピーナやポルポラ作曲の《カルロ・イル・カルヴォ》のジュディッタと共通する。18世紀のオペラ・セリアには、権力欲、支配欲、征服欲に充ちた女性がまま登場する。19世紀のオペラのほうがはるかに政治・経済・権力が男の世界化している。

オットー(ユーリ・ミネンコ)はテオファーネ(ルシーア・マルティン=カルトン)と婚約しており彼女のもとへ向かっているが船が嵐にあい遅れている。そのスキをねらいジスモンダ(レーナ・ベルキナ)は息子アデルベルト(ラファエーレ・ペ)をオットーネに化けさせ、テオファーネと結婚させ領土を取り返そうともくろむ。テオファーネは手元のオットーネの似姿と突然あらわれオットーネを名乗るアデルベルトの容貌の違いに戸惑う。このあたりはかなりコミカルである。

ローマへの洋上で海賊と戦っていたオットーはエミレーノ(ナタナエル・タヴェルニエ(タフェルニエ?))を捕らえるが、このエミレーノがじつはテオファーネの弟であるというのもオペラ・セリアではよくあるパターンだ。そこへオットーの従姉妹マティルダ(ソニア・プリーナ)がオットーにジスモンダらの策略を知らせにやってくる。策略がバレたアデルベルトとエミレーノは一緒に牢に入れられる。ここまでが第一幕。

舞台は3階建ての建物の壁を取り払った各階を行ったり来たりする。衣装は皆18世紀風の衣装で統一感は取れている。特に違和感はない。いつもはショートカットのソニア・プリーナがフェミニンな髪型、ドレスで印象的だった。先日、ヘンデルの《シッラ》で歌舞伎風の悪役で隈取りまでしていたのとは180度反対なわけで、どちらも見事に演じる演技力は、歌唱力に加えて賞賛に値すると思う。《シッラ》では悪い男、《オットーネ》ではアデルベルトに思いを寄せ、弱いところも見せるマティルダ。外見だけでなく、性格も対象的だ。

オットーネ演じるミネンコは、ツェンチッチの代役で、彼としてはとてもよく歌っていたと思う。が、ツェンチッチで聴いてみたかったという思いが現れなかったと言えば嘘になる。

マルティン=カルトンは開演前に不調だが出るということが伝えられ、たしかに出だし声を落として歌っていたが二幕以降は調子が出てきた。

指揮のカルロ・イパータは、丁寧に歌手に寄り添うのはよいのだが、テンポが遅くなった時にレクーペロ(テンポを元にもどす)してくれないので、音楽に緩みがみられることがあった。とはいえ、全体はオケの有能さもあいまって破綻はない。

《オットーネ》という音楽劇の18世紀性を心ゆくまで楽しめる演奏であり演出であった。

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エクメニカルな教会礼拝音楽会

カールスルーエのヘンデル音楽祭とタイアップした教会礼拝音楽会に出た(カールスルーエ・シュタット教会)。

エクメニカルとついているのは、辞書的には全教会統一を促進するということだが、ここの地元での意味としてはプロテスタントとカトリックが一緒にやりましょうという意味になるかと思う。シュタットキルヒェ自体は、プロテスタントの(福音派の)教会である。

牧師の説話や会衆の歌う賛美歌の合間にヘンデルのアリアが歌われる。筆者のドイツ語力の低さのため、説話の内容は理解不能なのがまことに残念。ヴェネツィアのサン・マルコ寺院での荘厳ミサとはその点が大いに異なった。

最初と最後にヘンデルのコンチェルト・グロッソ・ト長調が奏でられた。途中で歌われたアリアは四曲。

《メサイア》から一曲と An Occasional Oratorio から三曲。

’An Occasional Oratorio'は、1745−46年にジャコバイトの反乱(ジェームズ2世の子孫がイングランドの奪還を図った)がスコットランドで起こった際に、1746年の初頭に作曲されたもので、第一部は戦争の悲惨さ、第二部は平和の祝福、第三部は勝利への感謝を歌ったものであり、極めて当時の政治状況との関わりが深い。

この日最初に歌われたのは An Occasional Oratorio の第二部24曲’How great and many perils enfold'

歌ったのはカウンター・テナーのルーカス・キウク・キム氏。韓国出身。2019年のヘンデル・アカデミーの受講生。

第二曲は《メサイア》の 'How beautiful are the feet of them' 。歌ったのはHyuneum Kim氏、韓国出身のソプラノである。

第三曲は 'An Occasional Oratorio' 第二部22曲で 'After long storms and tempests overblown' 上記の2人により歌われた。

第四曲は、'An Occasional Oratorio' 第二部19曲で 'Prophetic visions strike my eye'. ソプラノが歌った。このアリア、歌詞の続きは '

in vain our foes for help shall cry, war shall cease, welcome peace, and triumphs after victory' (敵が助けを求めても無駄だ、戦争を止めさせるぞ、平和歓迎、勝利して凱旋を)というもので、4曲を通じて、ウクライナ対ロシアの戦争とその行方に対する人々の思いを想起させずにはいかない。

 

 

 

 

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2023年2月24日 (金)

コルセッリ作曲《アキッレ・イン・シーロ》の上演評

フランチェスコ・コルセッリ作曲メタスタージオ台本のオペラ《アキッレ・イン・シーロ》を再び観た(マドリッド、テアトロ・レアル)

2回目になると、歌手の動きや演出がどうなるかのあらましが判っているのでより細部により精緻な見方が可能になる。音楽にしてもそうで、

このオペラのように蘇演の場合、予習は不可能なわけで(youtubeに序曲だけが別団体の演奏であがっていた)すべてのアリアが真新しい。その中で、二回目になるとテアジェーネの3つのアリアは技巧的であるし、オーケストレーションも他のアリアより派手だとわかる。デイダーミア(アキッレの恋人)のアスプロモンテの歌唱は素晴らしかったが、役としてはやや損な役回りで、デイダーミアは最初からアキッレの正体がばれてしまう、あるいは出征してしまうことを恐れるという存在で、キャラクターの劇的変化に乏しい。その点、デイダーミア(サビーナ・プエルトラス)は、最初は王からデイダーミアの婚約者として紹介されてその気になっているのだが、男前の娘ピッラ(実はアキッレ)に惹かれていく。アキッレの正体がばれてからは、こんな立派なカップルなら、自分は婚約者としての立場を放棄してこのカップル(アキッレとデイダーミア)を認めるという。デイダーミアは女性歌手が歌っているのだが、アリアの途中で凜々しい服を脱ぎ捨てまとめていた髪をほどき、女性性を強調して退場するアリアがあった。これは演出家クレマンがジェンダーの重層性と戯れ、このオペラにおける性の曖昧さが充満していることを強調したのだと思うが、同時にその後の場面でアキッレが女装をかなぐり捨てる場面の伏線にもなっていたのだろうと思う。ただし、この伏線が必要であったか、効果的であったかは意見が分かれるところかもしれない。

このオペラで案外活躍するのは合唱である。最初は冒頭でバッカスを讃えており、次にはオペラの中盤で退屈を追い払おうと歌い、最後はこのカップルの結婚を祝していた。

全体として個々の歌手は、中3日となったせいか声もよく出ていたし、オケも前回よりまとまりがよくなっていたという印象を受けた。

実に祝祭的な音楽に充ちていて、ストーリーもコミカルな場面、シリアスな場面が交錯する楽しいオペラである。とりわけ18世紀半ばぐらいまでは王、王子、王女の結婚や戴冠など祝賀行事とオペラが結びついていたことを強く認識させるオペラだった。だからホルンやトランペットがたびたび登場した。指揮をみていると、指揮のボールトンはレチタティーヴォになるとチェンバロを弾いていた。このオペラでは、レチタティーヴォとアリアの接続が非常にうまく行っている。コルセッリの作曲の腕なのか、3年越しで作り上げた役作り、曲作りがこういう所に良い意味で反映され歌手がレチタティーヴォまで徹底的にこなした結果が現れているのか、あるいはその両方なのか。ともかく、レチタティーヴォの部分も少しもだれず音楽的なのは素晴らしかった。

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《アキッレ・イン・シーロ》の演出家マリアム・クレマン

フランチェスコ・コルセッリ作曲、メタスタージオ台本のオペラ《アキッレ・イン・シーロ》についていくつかの項目を記したが、この項では、演出家マリアム・クレマンの考えを紹介したい。筆者は、オペラを観る時に、どんな演出かが関心の中心であることはほぼない。劇場で拍手をする時も歌手に対する拍手であったり、指揮者・オーケストラへの賞賛であったり、声には出さないがヘンデルやモーツァルト、ポルポラへの賛嘆の気持ちをこめて拍手をしていることが多い。そして時々、台本を書いた詩人(リブレッティスタ)の巧みな言葉遣いにもブラボーを心の中でそっとつぶやく。無論、そういう見方や聴き方が正しいなどというつもりは毛頭ない。ヴェルディやプッチーニ、モーツァルトやワーグナーのしかも人気作品の場合、聴衆の多くはそれを過去に何度も観たり聞いたりしていて、そこに新味を付け加えたいという意図、あるいは現代におけるアクチュアリティを持たせる意図が理解できなくはない。

だから、僕が演出に期待するものは、めったに上演されないものと、毎年のように上演されているものでは期待の方向が異なるのである。

今回の演出家マリアム・クレマンが Youtube で語ったり、プログラムで対話形式で語っていることは共感するところが多かったのである程度まとめて紹介したい。彼女はパリのエコール・ノルマルで文学史・美術史を学び、その後、ベルリンのシュターツ・オーパーでインターンをし、各地の劇場で演出助手をつとめた。演出家としてはローザンヌでロッシーニの《ブルスキーノ氏》、プッチーニの《ジャンニ・スキッキ》でデビュー。その後、ワーグナーのフランス初演もの、まったくの新作、蘇演のものなどを演出している。

 以下、今までの項目と一部重複するが彼女の主張をまとめておく。

このオペラを演出するにあたって、彼女は通常は当該のオペラの音楽を何度も聴くという。しかし今回は既録音がないので、リブレットを読んだ。しかしそれだけでは作品の半分なので、楽譜を入手し読み込んでいたところ、コレペティがスコアを全部弾いて歌ったものが配布された。

クレマンによれば、音楽の専門家に尋ねてもコルセッリって誰?と言われることが何度もあり、演出家にとっても、歌手にとっても、聴衆にとっても新しい存在、新しいオペラなわけだ。そのため演出はある意味でシンプルな方向性が打ち出せた。つまりストーリーテリングをすること。皆が知らない作品なのだから、ストーリーを伝えることが大事なわけである(この点大いに賛成)。ただし、メタスタージオの台本のト書きにまったく忠実かというとそうではない。本来、シーロという島で外部から隔絶した世界にアキッレ(アキレス、アキレウス)は閉じ込められている。そこでそれを表象するために洞窟が用いられている。クレマンによれば、洞窟は母の子宮をも意味する。アキッレの母はアキッレが将来トロイ戦争に行き戦死することを予言で知りそれを避けるためにシーロという島の王リコメーデに息子を女装させピッラという名で預けたのである。さらには、洞窟はセクシュアルに女性性も示している。演出家は、この英雄アキッレになる以前の若者アキッレ(ピッラという女性)が描かれているのが興味深いという。ウリッセ(オデュッセウス)がこの島にやってきてアキッレを刺激することにより、アキッレは自分の性的アイデンティティが揺れ動く。これがまさに今日的である。クレマンが注意を喚起しているのは、このオペラの前半では、アキッレ(ピッラ)と王の娘デイダミアは前半では、対等な二人の女性であること。それがウリッセが出てきて介入すると、ピッラがアキッレになって、男性となってしまい、19世紀的な「男は男、女は女」という世界に秩序づけられてしまう。秩序だった世界なのだが、以前にあった性別の自由は消えてしまうのである。だから演出家はこのオペラは17世紀的な性的曖昧さから19世紀的な「男は男、女は女」的世界への移行を示しており、初演は1744年でちょうどその中間点だという。

また、このオペラはスペイン王女とフランス王子の結婚を祝して書かれた。フランスではこのカップルを祝して書かれたのがラモーのオペラ《プラテー》である。そうした性格を反映して《アキッレ》では、最後の場面で王リコメーデが、劇場にいた本物の王に語りかけ祝福する。つまり劇の世界をはみ出て、現実の世界に語りかけるのである。合唱も同様。その場面を演出家として無視することも出来たわけだが、クレマンはあえて残し、むしろ舞台上に祝福されるカップルと花嫁の父であるスペイン王を載せてしまうことにしたのだ。彼女はまた、観客はみなアキッレが出征したあとトロイ戦争で死んでしまうことを知っているわけで、表面的なハッピーエンドの後にアキッレの死があることをどう受け止めたのかと自問している。

音楽に関しては、ダ・カーポ・アリアに関して、クリシェのようにそこで演劇的な動きが止まってしまうと判で押したように言われるわけだが、彼女はそうだろうかと疑問を投げかける。ほぼ一文が繰り返されるダ・カーポ・アリアだが、現実にも一つの文が様々な重みを持つことはあり得るし、五分が何も起こらずにすぎることなどいくらでもある。しかもダ・カーポ・アリアはすべてが同じではなく、一つ一つが異なった個性を持っている。だから、ダ・カーポ・アリアの間に歌手を動かして何かで埋めることは必要なく、音楽を信じることが大切なのである。埋めるよりも、音楽を感じることが重要だ。

以上、演出家クレマンの主張の主な点をまとめてみた。

 

 

 

 

 

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