スターバト・マーテル〜悲しみの聖母〜シリーズ 1
「スターバト・マーテル〜悲しみの聖母〜シリーズ1」を聴いた(HAKUJU HALL)。白寿ホールは代々木公園から徒歩数分の小さなホール。
プログラムが大変充実していた。アントニオ・マリア・ボノンチーニの2曲、ペルゴレージの1曲。
最初はボノンチーニの「リタニア」。リタニアは連祷のことで、ここでは聖母マリアに連続で祈りを捧げることになる。細かいことを言えば、イタリアのロレートのマリアに捧げる連祷であるとのこと。ロレートはイタリア・マルケ州にある有名な巡礼地で、ここに聖母の生家が飛んでやってきたということになっている。ここに行くと小さな家があってそれを巨大な教会が包み込む形で建っている。今回はこのパート譜をチェコから取り寄せ、新たにスコアを作ったので、復活蘇演かもしれないとのこと。たしかに、Youtube やスポッティファイで検索したけれど、見当たらなかった。ボノンチーニのスタバト・マーテルは1つ録音があった。
整理すると、演奏の順番は、最初がボノンチーニの「リタニア」、次がペルゴレージの「スターバト・マーテル」、最後がボノンチーニの「スターバト・マーテル」であった。ボノンチーニの「リタニア」は初めて聞いたのだが、驚くほど創意工夫に満ちている。早い装飾的なパッセージもあれば、ゆったりと叙情的なパッセージもあるのだが、それが格調高いというか品がある。同時代の評価でも、兄の方が有名だが、宗教曲に関してはアントニオ・マリアの方を高く評価する向きもあったという。納得がいく。「リタニア」もう一度、二度、三度と聞いてみたい曲である。
次は数ある「スターバト・マーテル」のなかでおそらく最も有名なペルゴレージ。今回、見やすい形(大きな文字)で、舞台背景に歌詞が映し出されていたので、曲と歌詞をじっくりと見較べ、聞き比べることが出来た。スターバト・マーテルは周知の如く、十字架にはり付けられ、死したイエスを嘆き悲しむ聖母マリアを歌う曲であるが、第4曲の 'Quae moerebat' などは歌詞は悲しいのに、曲想ははずむようで明るい。これは聴き手の生理を考えると実によくできた工夫で、ここまでの3曲が暗い曲想で沈んだ曲調であり、聴き手の心も沈んでしまうのを一端リセットして元気づけてくれる効果があると思う。悲しい曲ばかりでは、それ以上、悲しさを受けつけなくなるというか、心が音楽的に反応しなくなってしまうおそれがある。こうした弾んだ思いがけず明るい曲想は、ヴィヴァルディやロッシーニの宗教曲にも出てきて、最初に聞くとハッとさせられるところである。今回の演奏は、古楽器と、阿部早希子(ソプラノ、敬称略、以下同様)と村松稔之(カウンターテナー)のバロック歌唱で、音楽的に実に生き生きとした魅力を持っており、その中にいると聖母の悲しみに導かれていくのだった。別の言い方をすると、ボノンチーニとの比較において、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」は、これまで思っていたよりずっとオペラ的であると感じた。音楽的にも、ガラント様式に近い部分が多く、歌い手は感情をのせて歌いやすく、聴き手もその情感を受け取りやすい。その中で、曲と曲の間の表情がガラッと変わるところがあって、そこがドラマティックである。この曲想の変化を阿部と村松の歌唱は、実に品位高く、しかしドラマティックな表情を過剰ではなくつけ、オーケストラ(全部で10人、第一ヴァイオリン2名、第二ヴァイオリン2名、ヴィオラ2名、チェロ2名、コントラバス1名、オルガン1名)も福島康晴の指揮は、明らかに従来のフルオーケストラの演奏とは異なり古楽器のアンサンブルの音やフレージングなのであるが、俗にいうキレッキレのアグレッシブな攻め方をするのではなく、まさに音楽に、楽譜に寄り添った表情づけであると感じる。古楽のアンサンブルでも、切れがよく、えっ、こんな演奏(こんなテンポ)ありなの?と驚かせるのはフランスに多い気がするが、イタリアのアンサンブルは、おおむね、楽譜から浮かび上がる曲想、テンポを重視しており、演奏のテンポや表情はフツ—な感じがする場合が多い。どちらが良い悪いという話ではない。エクス・ノーヴォはイタリア型であると思う。数ヶ月前にアレッサンドロ・スカルラッティの「スターバト・マーテル」を、阿部と村松の歌、福島の指揮(オケは数人入れ替わっている)で聴いたので、両者の違いもより鮮明になった。スカルラッティの曲は格調高く、ペルゴレージの曲は情感豊かで、ドラマティックな表情に満ちているのだ。どちらも名曲に違いないのだが、タイプが異なるのであり、ロマン派以降の音楽に慣れているわれわれにとって、より心身を揺さぶられるのはペルゴレージであろう。12曲の配置も絶妙なのだ。
ボノンチーニの「スターバト・マーテル」は、ペルゴレージのとは異なり、独唱者が固定されているわけではなく、曲ごとに独奏者が変わる。バロック・オペラと同様、合唱団がいるわけではなく、独奏者たちが合唱している部分があるという感じだ。「スターバト・マーテル」の歌詞自体は、ペルゴレージのそれと同一なのであるが、その中のどこまでが第一曲で、どこからが第二曲かというのは作曲家によって違う。プログラムに対照表が掲載されている(歌詞もラテン語と日本語の対訳が花井哲朗の訳文が掲載されている)のだが、ペルゴレージの第9曲の歌詞は長くて、その歌詞の部分は、ボノンチーニの第6、第7、第8、第9曲に相当するのである。ボノンチーニは、曲によって独唱者がソプラノになったり、テノールになったり、バスになったりするので、語り手が複数であるという印象をより強く受ける。ペルゴレージの場合には、語り手が何人か(強いていえば2人?)かがあまり気にならない。結果的に、ボノンチーニは声の表情のヴァラエティはより豊かになる。ペルゴレージとは異なるのだが、ボノンチーニもオーケストレーションに工夫があって、時にヴァイオリンに非常に早いパッセージを弾かせ、スリリングなところがあったりする。ボノンチーニ聴きどころ満載である。
出演者は、先に挙げた福島、阿部、村松の他に、岡崎陽香(ソプラノ)、小川美羽(ソプラノ)、木下康子(メゾソプラノ)、新田壮人(カウンターテナー)、鏡貴之(テノール)、前田啓光(テノール)、山中志月(テノール)、金子慧一(バス)、目黒知史(バス)、藪内俊弥(バリトン)が独唱者。以下、オーケストラ。池田梨枝子(ヴァイオリン)、宮﨑蓉子(ヴァイオリン)、廣海史帆(ヴァイオリン)、髙橋亜希(ヴァイオリン、この方は2年前にインスブルックでヴィヴァルディのオペラ《ジュスティーノ》でオケにいらした)、伴野剛(ヴィオラ)、中島由布良(ヴィオラ)、懸田貴嗣(チェロ)、髙橋麻理子(チェロ)、櫻井茂(ヴィオローネ)、新妻由加(オルガン)である。
日本でこれほどレベルの高い古楽演奏が聴けることは素晴らしいし、しかも日本初演あるいは世界的にみて蘇演かもしれないものの演奏が聴けるのは特筆すべきことだ。


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