2020年6月16日 (火)

オスカー・ワイルド『幸福の王子 他8篇』

オスカー・ワイルド著富士川義之訳『幸福の王子 他8篇』(岩波文庫)を読んだ。

オスカー・ワイルドの童話、2冊分を全て収録したものである。いくつかは読んだ記憶があり、読んだ記憶のないものもあった。僕の記憶はあてにならないので、遥か昔に The Happy Prince は別としてどれを読んでどれを読んでなかったのか。。。

 しかし今回、どれも興味深く読んだ。「猟師とその魂」などは、違いがあるのは重々承知しつつ村上春樹の長篇に通じるものを感じた。驚いたのは「忠実な友人」。友人の友情につけ込む人物、とつけ入れられて文句の言えないお人好しという組み合わせ、これは太宰の小説によく出てくるパターンではないか。ワイルドと芥川は、エピグラムの名手という点で影響を認識していたが、今回、むしろ太宰は『御伽草子』においてだけでなく、この短編から話の展開のパターンの示唆を得たのではないか、と思った。

 童話集の構成についてだが、The Happy Prince and Other Tales A House of Pomegranates に共通の面があるように思う。どちらも最初の話The Happy Prince The Young King は道徳的に美しくまとまっているが、それぞれの第二話は、それを裏切る話になっている。ナイチンゲールと薔薇では、ナイチンゲールの犠牲は、まことに何の結果ももたらさず、虚しいことになっている。若い王の謙遜な態度は最後には栄光に輝くが、第二話のスペイン王女の誕生日では、侏儒の献身的態度は報われることなく死を迎える。ここでカッファレッリが出てくるのは、バロック・オペラに興味のある僕には面白かった。スペイン王女では訳者が注で付しているように歴史そのものでなく少し改変しているので、カストラート(ワイルドはtreble という言葉を使っている)もファリネッリからカッファレッリに変えているのだろう。

 最後の「星の子」もそうだが、美醜が人格に及ぼす影響が甚大なのがワイルド的。侏儒も自分の醜さに気づかなければ死に至ることはなかっただろうに。星の子は、非常に図式的にきれいにまとめているようでいて、最後に彼が改心した政治はたった3年しか続かず、後継者は悪政を敷いたというのは、なんとも現実的というか皮肉。

 ワイルドの童話の登場人物は、色々とアレゴリカルな読みを誘われる。わがままな巨人とは帝国主義の比喩、擬人化か? 彼が愛を知ったなら、帝国は解体されなければならない。無論、これは一つの読みに過ぎず、様々な読みの可能性が開かれているのだと思う。

しかし、ワイルド自身が諸所に記しているように、彼は社会の貧富の大きな格差、富の偏在を鋭く感じていて、しかしそれは個人のレベルの自己犠牲や他者への愛というもので解決するのか、という問いを抱えていて、その問いへの答えは常に揺らいでいたのではないか。

 今日の我々も、アメリカだけでなく、ヨーロッパも日本も格差は拡大し、貧困の問題(ジェニー係数)は前世紀より悪化している気配が濃厚だが、富の再配分という問題をどう解決すべきなのか、率直に言って簡単に答えは浮かばない。

 しかしこの童話集の深いところは単に貧富の問題だけでなく、「猟師とその魂」のように魂の行方、あるべき姿を追求しているところだ。あるいは何が幸せなのか、の追求と言い換えても良いだろう。この話では、心と魂がまったく別物なのも興味深い。魂が全く別物、別の意識で動くのを見て、子供の頃からの魂ってなんだ?という疑問と、西洋人の魂へのこだわりの強さに思いいたり、僕なりにまとめると、西洋人にとって現代に至る価値観を決定的に上書きしたのは、ネオプラトニズムなのではないか、と思う。

 魂的なものが永遠不滅で、神的なものに通じるというのは、日本人にはなかなかわかりにくい、実感しにくいところ。僕らは、どうしても心の奥深くで無常観に支配されているから。西洋人は、永遠で不滅のものに、ものすごい執着、オブセッションがあるように思う。その一つが魂であり、もう一つが神なのだと思うし、イデア的なものもそうなのだろう。

 『ざくろの家』のざくろは、訳者の解説の通りだが、あえて付け加えれば性愛や官能性の表象でもあるのだと思う。猟師と人魚の関係に明らかであるが、子供向けの話なので直接的なことは何も書かれてはいないが、性愛のもたらす悦びの大きさと、その破壊的な力というのもこの作品集の通奏低音なのかもしれない。そのことと、美醜がその人の価値を決めたり周囲からの評価を決定づけたりするのは、どこかで通じているのだろう。

 魂を持つ存在でありながら、見た目の美醜、綺麗な財宝、性愛の悦楽にいとも簡単に左右され、支配されてしまう私たち。ワイルドの眼差しは時に暖かく、時に皮肉で、時に突き放しているようで、しかし最終的に人間への関心が失われることはない。

 

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2020年5月25日 (月)

CD《1700》

CD《1700》を聴いた。

リナルド・アレッサンドリーニ指揮、コンチェルト・イタリアーノの演奏。

18世期のイタリア人作曲家のコンチェルトが集められているが、作曲家の共通点は、イタリアから海外に出て、イタリアの音楽的言語が、土地を離れて個人化し、さらに移住した地の音楽と入り混じったことだと、アレッサンドリーニは書いている。

最初はミケーレ・マシッティ(1664-1760)。アブルッツォ出身でナポリで音楽を学び、パリに移住した。

アントニオ・カルダーラ(1670ー1736)は、ヴェネツィア派の伝統を受け継ぎ、マントヴァやバルセローナ、ローマの後、ヴィーンに移住した。彼はマシッティよりも対位法的技法がくっきりしている。

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678ー1741)は最晩年の1740年にヴィーンに逃れるように行き、客死した。このCDに収められたコンチェルトはコンチェルト・リピエーノで創意工夫、意外性に富んでいる。

フランチェスコ・ドゥランテ(1684-1755)はザクセンなどにも行ったらしいが、ナポリで生涯をまっとうしているし、ここの音楽院の教師として次世代の作曲家たちを輩出した。彼のコンチェルトにはそれまでの様々なスタイルが統合されており、対位法的な要素もしっかりあるのだが、カンタービレなメロディを殺していない。

フランチェスコ・ジェミニアーニ(1687ー1762)はルッカ生まれだが、21歳のときに海外に出て戻らなかった。ロンドンに長く滞在したが、パリやダブリンにも足を伸ばしている。彼のスタイルは独特だが、アレッサンドリーニによるとそれは彼のヴァイオリンの妙技の能力の高さに由来している部分が大きいのだという。

ピエトロ・ロカテッリ(1695-1764)はベルガモ出身で、ローマでコレッリの影響を受け、アムステルダムで名声を確立した。このCDに収められているのは、ローマ滞在時に妻が亡くなった際に作ったシンフォニー。

バルダッサーレ・ガルッピ(1706ー85)はヴェネツィアで活躍した作曲家だが、2つの時期に海外にいた。一度はロンドンで、もう一度はモスクワである。

最後はガエターノ・プニャーニ(1731ー98)。この人はトリノ生まれでトリノに没している。

ガルッピのあたりからそれまでと異なった方向性が窺えるかもしれない。

この演奏で驚くのは、演者はわずか7人だということだ。ヴァイオリン2人、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、テオルボ、チェンバロ兼指揮者である。しかし少しも物足りない感じはしない。あるとすればむしろ声がないということかもしれない。こういうシンプルな編成には、ならではの魅力があることを再認識した。

 

 

 

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2020年5月24日 (日)

フランコ・ファジョーリ《Veni Vidi Vinci》

カウンター・テナーのフランコ・ファジョーリの新譜《Veni Vidi Vinci》を聴いた。このタイトルはもちろんパロディで

カエサルがポントスの王ファルナケスに勝利した時の言葉 Veni Vidi Vici をもじったもの。最後がVinci に変わっているのは、このアルバムがレオナルド・ヴィンチのアリア集だからで、カエサルの言葉を引くのは、ヴィンチの活躍したバロックのオペラ・セリアの世界ではカエサルやファルナーチェや、つまり古代ローマ時代の英雄たちや彼らが戦った中東の王たちが出てくることが頻繁にあるので、まことにふさわしいタイトルと言えよう。オケはイル・ポモドーロ。指揮はゼフィラ・ヴァロヴァ。想像するに、指揮者がぐいぐい引っ張るよりはファジョーリの歌いやすいようにサポートしている感じだ。そのためか概ねゆったりとしたテンポが選択されている。

このアルバムにはRoberto Scoccimarro による丁寧なライナーノーツがついている。最近のバロック・オペラのCDは解説が研究者あるいは専門的知識を備えた人によるものが多く充実していることが多い。と言うのも、バロック・オペラの世界は研究と両輪で新たなレパートリーが開拓され、蘇演が多い、あるいは世界初録音といったものが多く、モーツァルト、ベートーヴェンやロマン派のように演奏者紹介や演奏評的なものでは不十分であるからだと思う。

筆者は、ヴィンチのオペラ《アルタセルセ》(残念ながら、本当に残念なことに、DVDとCDでしか経験したことがないのだが)によって、衝撃を受け、レオナルド・ヴィンチという1690年生まれのイタリアの作曲家を知り、その後、いくつかのDVDやCDでヴィンチの作品を観たり、聞いたりしてきた。

このCDはヴィンチの音楽世界の感情的豊さと音楽表現の振幅の大きさ、深さを極めて洗練した形で提出してくれたもので驚きのほかない。個々の曲のテンポについては好みの問題でもう少し早めでもという曲もあるのだが、どの曲もファジョーリ、そしてイル・ポモドーロは実に考え抜かれた演奏をしており、1つ1つのフレーズが音楽的に磨き抜かれている。ファジョーリという歌手は、単にアジリタが驚異的なだけでなく、スローな曲でもレチタティーヴォでも、普通の歌手であれば練習曲的な機械的なフレーズに聞こえてしまうところも実にエスプレッシーヴォに表情をつけることができるし、しかもそれが音楽的に説得力を持っているのである。天才というほかはない。

レオナルド・ヴィンチ(1690−1730)はナポリ楽派の1人だが、ナポリの音楽院(当時は4つあった)で学んだが、先輩にはポルポラがおり、後輩にはペルゴレージやレオがいた。以下、スコッチマッロのライナーノーツに依拠して書く。彼は、プレ・ガランテ(pregalante) と呼ばれる様式を開拓した代表者の1人だった。これは1720年代に発達した様式で、歌手の装飾的な歌唱法と密接に結びついていた。スコッチマッロによれば、後輩のレオが新しい様式と伝統的な対位法的な技法を折衷して書こうとしたのに対し、ヴィンチは新しい様式を大胆に推し進めようとした。メロディーに優先的にフォーカスが当たり、和声進行は遅く、通奏低音部が標準化、形式化している。噛み砕いて言えば、ピアノのソナタ・アルバムなどで右手が旋律、左手が伴奏となっていることが多いわけだが、そういう様式へと繋がっていく前段階を切り開いたのだと言って良いだろう。

ヴィンチはコメディアを1724年まで書いていた、その後はオペラ・セリアに集中した。オペラ・セリアでは若き日のメタスタジオと組んで仕事をした。ヴィンチの第6作目は, La Rosmira fedele (ヴェネツィア、1725年カルネヴァーレ)でリブレットは1699年にSilvio Stampigliaが書いたもので、幾人かの作曲家のほかサッロがすでに1722年に曲をつけていた。このCDで収録されているアリア'Barbara mi schernisci' はプリモ・ウォーモに与えられた5つのアリアの1つで、ヘンデルがパスティッチョ のElpidiaを上演したときにはこの曲がセネジーノによって歌われた。

ライナーノーツにはCDに収められたアリアが含まれるオペラが描かれた音楽的文脈や劇場、歌手が細かく記されている。リブレットの書き手はいろいろで後年になるとメタスタジオと組むことが多くなる。歌手も、ファウスティーナ・ボルドーニ(ヴィンチと親密な仲であった)の歌ったもの、カルロ・スカルツィ、ジョヴァンニ・パイタが歌ったもの、ファリネッリの歌ったものと様々だ。曲の並ぶ順は、作曲年代順ではないが、まずは、そう言った細かい情報は何も気にせずファジョーリとイル・ポモドーロの織りなすヴィンチの音楽に耳を傾けることをお勧めする。聞く回数が増すごとに気に入った曲が出てくるだろう。ここではファジョーリのヘンデル・アルバムと比較するとアジリタの超絶技巧を披露する曲は少ない。しかしファジョーリはスローな曲を聞かせるのも舌をまくうまさで、同じ音・音型を繰り返してもニュアンスに富んでいるし、半音ずれていけば色合いが変化していく。聞くごとに気に入る曲の数が増えて、いつの間にかヴィンチの音楽の虜になっているかもしれない。

 

 

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2020年5月18日 (月)

CD『カルネヴァーレ 1729』

『カルネヴァーレ1729』という変わったタイトルのCDを聴いた。一風変わったタイトルだが、簡単に言ってしまえば、1729年にヴェネツィアのカルネヴァーレのシーズンに上演された様々な作曲家のオペラからのアリア選集である。歌っているのはアン・ハレンベリ(スウェーデン出身のメゾソプラノ)。オケはイル・ポモドーロで指揮というかコンサートマスターはステーファノ・モンタナーリ。

以下、CDのライナーノーツに依拠しつつ、1729年の特殊性についての説明。

バロック・オペラの時代、ヴェネツィアで毎年新作オペラが上演されていた、しかも複数の劇場が競い合って新作オペラを当時人気の作曲家に作らせていたのだが、1729年は特別な年だった。ヴェネツィアではないが、ロンドンでヘンデルが深く関与していたロイヤル・アカデミーが前年に倒産し、それまで彼らが雇っていたイタリアの超一流の歌手を手放したのだ。競い合う劇場にとって、人気作曲家がオペラを作曲してくれることも大事だったが、人気歌手の獲得はそれ以上に観客を惹きつける上で最重要なことだったと言えよう。ロイヤル・アカデミーの倒産でロンドンから放出されたのは、セネジーノことフランチェスコ・ベルナルディ(カストラート)、メゾのファウスティーナ・ボルドーニ、ソプラノのフランチェスカ・クッツォーニである。自由になった三人の人気歌手、クッツォーニはウィーンへ、セネジーノとファウスティーナはヴェネツィアのサン・カッシアーノ劇場に雇われた。

こうしたわけで、毎年、カルネヴァーレ(カーニヴァル)のシーズンには新作オペラ上演は盛んだったのだが、とりわけ1728年12月26日から1729年2月27日のシーズンは特別だったのだ。サン・ジョヴァンニ・グリゾストモ劇場とサン・カッシアーノ劇場が火花を散らしていた。サン・カッシアーノが前述のようにセネジーノとファウスティーナを得て注目を集めた中、サン・ジョヴァンニ・グリゾストモ劇場は最高のカストラート、ファリネッリを雇い、これが彼のヴェネツィアデビューとなった。ヴェネツィアでは、ファリネッリとボルドーニの話で持ちきりで、ボルドーニはイギリス人やフランス人に人気で、一方、イタリア人はファリネッリ支持と、当時の在ヴェネツィア・イギリス領事が報告している。

ちなみに、詳細は不明だが、この時期ヘンデルは、イタリアを旅しており、29年3月にはヴェネツィアから弟に手紙を書いている(ホグウッド)ので、このシーズンのオペラを見た可能性は高いだろう。

このカルネヴァーレ・シーズンの幕開けは、レオナルド・レオの『ウティカのカトーネ』。リブレットはメタスタジオ。ファリネッリはアルバーチェを歌っている。タイトル・ロールはニコリーニことニコラ・グリマルディ(アルト・カストラート)が歌った。チェーザレ役はもう一人のカストラート、ドメニコ・ジッツィ。

翌日、12月27日にはサン・カッシアーノ劇場が、ジェミニャーノ・ジャコメッリの『ジャングイール』で幕開け。リブレットはゼーノの旧作に手を入れたもの。ジャコメッリはアレッサンドロ・スカルラッティの弟子だった。

上記の2劇場の他にもサン・モイゼ劇場をジュスティニアーニ家が運営し、1月24日アルビノーニの新作オペラ、フィランドロが上演された。残念ながら全曲のスコアは消失してしまったが、アリアの楽譜が残った。

サン・カッシアーノ劇場の新作2作目は、ジュゼッペ・マリア・オルランディーニの《アデライーデ》(同名の自作を大幅に書き換えた実質上新作)だった。このフィレンツェ出身の作曲家は、ヴィヴァルディとならんでオペラの新しい音楽様式を作り出したという。この曲の注目点はファウスティーナの歌う部分で彼女には長大なソロが与えられ、お得意のコロラトゥーラもたっぷりある。彼女はまた、同音を素早く繰り返すのも得意だった。このCDにはセネジーノが歌ったアリア 'Vedro' piu' liete e belle'  も収録されている。

4日後の2月12日、サン・ジョヴァンニ・グリゾストモ劇場では、ポルポラの新作 Semiramide riconosciuta が上演された。リブレットはメタスタジオの書き下ろし(新作)である。セミラーミデを歌ったのはプリマドンナのルチア・ファッキネッリ、ファリネッリはエジプトの王子ミルテオ。ポルポラはもともとファリネッリを教えた声楽の教師でもあった。彼はこのオペラでファリネッリに6曲のアリアを書いたが、ファリネッリの強みが最大限に発揮されるような曲を書いている。息の長いフレーズなどがその一端。

カルネヴァーレの最終日にその年の名曲と以前の人気曲をあつめたパスティッチョが上演されその際に歌われたレオナルド・ヴィンチの曲も収められている。

ヘンデルに戻れば、ヘンデルはおそらくヴェネツィアでこのシーズンのオペラをいくつか見て、次のシーズンにむけて歌手をリクルートしようとし、ファリネッリをねらったが、会うことすら3度拒絶され、結局ファリネッリは1733年にセネジーノやポルポラとともに貴族オペラに加わってロンドンで歌うことになる。考えてみれば、ファリネッリはポルポラの弟子(だった)のだから、それを考えるとヘンデルと組むのはむずかしかったろうと思われる。

しかしヘンデルには音楽上の収穫もあって、レオの《ウティカのカトーネ》はスコアを持ち帰り、ロンドンでパスティッチョとして上演しているし、オルランディーニの《アデライーデ》もスコアを持ち帰り、そのリブレットに基づいて《ロタリオ》を作曲している。ヘンデルは新たなオペラの潮流に直に触れ、それを取り込んだ。1730年代以降、彼の(音楽上の)スタイルが大きく変わったと評する批評家もいる。

このアルバムはCD2枚組で、実はSA-CDでMulti-channel なので、マルチでつつまれるように聴くこともできるはずだが、評者は2チャンネルの装置しか持っていないので、SAで2チャンネルで聞いた。もちろん、通常のCDプレーヤーで2チャンネルで聴くこともできる。

録音場所は、ポモドーロの録音でよく使われているイタリアのロニーゴのVilla San Fermo である。ファジョーリやツェンチッチの録音もこの場所であることが多い。2016年9月の録音。ライナー・ノートの筆者は、Holger Schmitt-Hallengerg とあるので歌手の縁者か。

ちなみに、このアルバムは収められた曲のほとんどが世界初録音である。アルビノーニも偽作のアダージョとは相当に雰囲気が異なるが、とてもチャーミングな音楽である。オルランディーニやジャコメッリもなじみがなかった。バロック・オペラの世界の豊穣さが実感できるアルバムである。

ハレンベリの歌唱は、立派なものでアジリタもよく回る。メゾらしい声なので、より高音域の華やかさを求めたくなる曲もないことはないが、それはないものねだりというものか。馴染みのない曲がほとんどなわけ(何しろ1曲を除いて世界初録音ばかりなのだ)だが、何度も聞いていると、それぞれの作曲家の作風の違いも、このアルバムの範囲ではあるが、感じられてくる。あらためて、まだまだバロック・オペラには手つかずの沃野が広がっているのだと思わずにはいられない。

 

 

 

 

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2020年5月12日 (火)

《エイシスとガラテア》

ヘンデル作曲の牧歌劇《エイシスとガラテア》の一風変わったCDを聞いた。

そもそもヘンデルの牧歌劇が珍しいわけだが、イギリスにやってきて間もない時期にシャンドス公爵に仕えていて、そこで私的に催すためにこの牧歌劇が書かれた。しかしその後、ヘンデルに無断で公演するものが出てきて、ヘンデルがそれに対抗して加筆したヴァージョンを作ったりしたので様々なヴァージョンがある。

台本も英語なのだ。ジョン・ゲイの作った台本にアレクサンダー・ポウプとジョン・ジューズが加筆したものらしい。ポウプは日本ではさほど有名でないかもしれないが、英文学的には超大物詩人なのです。元々のソースは、オウィディウスの『変身物語』。

しかし、僕が今回聞いたのは、それを後に、モーツァルトが編曲した版。周知のようにヴァン・スヴィーテン男爵というバロック音楽の熱心な愛好家のために編曲したもので、モーツァルトは《メサイア》も編曲しており、ヴァン・スヴィーテンとの交流からバロック音楽のエッセンスを吸収しており、それはジュピター交響曲を想起すれば明らかなように、晩年のモーツァルトの作曲に反映され、彼の音楽に一掃の深みと普遍性を与えていると言えるだろう。

このCDの演奏は、ペーター・シュライアーが指揮、オケはORF交響楽団。ガラテアがエディット・マティス。エイシスはアントニー・ロルフ・ジョンソン。デイモンがロバート・ギャンビル。ポリフェムがロバート・ロイド。演奏は、なんとも不思議な印象を受ける。ピリオド楽器のヘンデルに慣れた我々には、モーツァルト的なヘンデルだと思えるが、だからと言ってかつてのフルトヴェングラーのヘンデルなどのように大仰ではない。そこそこモダンなのだが、なんとも独特の味わい。かつこの版は歌詞がドイツ語である。

 

 

 

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2020年5月 7日 (木)

カヴァッリ《エルコレ・アマンテ》

カヴァッリ作曲のオペラ《エルコレ・アマンテ》を観た。観たと言っても、ストリーミングである。Opera on Video というサイト。上演はパリのオペラ・コミック。指揮はRaphael Pichon. 演出はValerie Lesort, Christian Hecq.  衣装はLaurent Peduzzi. 歌手は

コロナのご時世なので、実物を見る機会に恵まれなかったオペラで自分にとって興味深いものを、劇場が庫出ししてくれるのはありがたい。

全ての上演がDVDやブルーレイになるわけでは全然ないのは周知の通りで、その中にはもったいないと思わずにいられないものも少なからずある。

このエルコレ・アマンティは演奏もメリハリがきいていて良いのだが、演出が素晴らしい。衣装も含め、漫画的だがエレガント、ポップなのだが安っぽくない。ボニタティブス演じるジュノーは四つ目だったりして楽しいし、いくつもの場面でびっくりして、ニッコリという仕掛けがあちこちにある。

このオペラはルイ14世の結婚式のために作られ、カヴァッリがイタリアから招かれたわけだが、劇場の音響が良くなかったとか、フランス人の好みに合わなかったとか、何らかの理由で、大受けはしなかったらしい。しかし今観て見ると、ストーリーも面白い。エルコレ(ヘラクレス)が息子の婚約者に惚れて、それに対し妻が怒って婚礼衣装に毒を塗り、エルコレが死んでしまうが、天に登って別の人と結ばれる。息子はめでたく婚約者と結ばれめでたし、めでたし、というような話だ。

舞台の色彩感も、音楽も、古色蒼然としたところがなく、不思議な世界を味わうことができる。

 

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『ピランデッロ 秘密の素顔』

フェデリーコ・ヴィットーレ・ナルデッリ著、斎藤泰弘訳『ピランデッロ 秘密の素顔』(水声社)を読んだ。

実に面白かった。ピランデッロの伝記である。伝記といっても、死後書かれたものではなくて、生前に、ナルデッリがピランデッロに毎日インタビューをして書いたものだ。ナルデッリもピランデッロもパリにいた。ナルデッリは直前にダンヌンツィオの伝記を書いたのだが、詩人の逆鱗に触れ、祖国を逃げ出さざるを得ない羽目に陥ったのだ。当然、定職もない。というわけで(経過は省略)、ピランデッロに毎日あって伝記を書くことになった。ナルデッリも自分でも書いているが、劇作家の言うなりに書くのではなく、ピランデッロの伝記上の事件が、彼の小説なり劇作のどこに反映されているか、引用されているかを文学探偵よろしく嗅ぎつけてくる。

評者が驚いたのは、ピランデッロの父方も母方も、リソルジメントに積極的に参画しており、母方の叔父はガリバルディの副官だったことだ。父も負けずに大胆な人で、マフィアのボスを叩きのめして撃たれただけでなく、4度も銃撃されている。

ピランデッロの妻がピランデッロの父が経営する硫黄鉱山の失敗で持参金を失い、精神を病んでしまったのはよく知られた話かもしれないが、そもそもその前に婚約者がいたのは知らなかった。

一々は記さないが、ピランデッロの奇癖とも言うべき変わった行動も、抜群に面白い。個性的な人は、大真面目にヘンテコリンなことをやってしまうものなのだ。ピランデッロの作品の不条理とも見える世界は、作者のいわゆるリアルな生活と地続きなのだった。

 

 

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岩崎周一著『ハプスブルク帝国』

岩崎周一著『ハプスブルク帝国』(講談社新書)。新書だが、442ページあり、やや厚い。

このところハプスブルク本を何冊か読んでいるが、これは歴史学寄りの歴史書である。以前に読んだものは、物語的な歴史書であった。周知の通り、歴史はイタリア語の場合極めて明確になるが、storia  であり物語も storia である。僕としては、物語寄りの歴史も読みたいし、歴史学の見地が反映された学術的な歴史書も読んで見たい。個人的には、物語的な歴史で、その時代、その地域の幾人かの人物にこんな人というイメージを持てるようになってから、歴史学の学術的な記述と向き合いたい。でないと、〇〇3世とか言っても、自分にとってはそれは記号に過ぎず、その人についての叙述もピンと来ないからだ。

本書は、新書とはいえ、従来の学説ではこうであったが、近年はこういう説も唱えられている、ということが丁寧に記述されていて、ハプスブルク帝国についての言説の変化もうかがえるようになっているのはありがたい。こうした厚みを持った上で、政治や経済のことを説明され、さらには文化的なことに言及されると文化を単独に捉えている時よりずっと立体的に、社会の中の文化、宮廷の中での文化活動の位置付けといったものが見えてくる気がする。

この本で初めて知ったことはあまりに多く、情報量の点でも十分であったし、さらにという場合には和洋の参考文献がたっぷりと紹介されているのも親切だ。

 

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『ラ・ボエーム』

プッチーニ作曲の『ラ・ボエーム』を観た(東京・初台、新国立劇場)。

演出は粟國淳(敬称略、以下同様)。新国立劇場の定番。パオロ・カリニャーニ指揮、東京交響楽団。ミミは、ニーノ・マチャイゼ。ロドルフォ、マッテオ・リッピ。マルチェッロ、マリオ・カッシ。ムゼッタ、辻井亜季穂。ショナール、森口賢二。コッリーネ、松位浩。

粟國演出は、奇をてらったところがなく、素直にストーリーに入れるし、音楽への集中を全く妨げない。評者にとっては好ましいものだが、劇としての刺激を求める人にとっては物足りなく感じるかもしれない。

音楽への集中と言っても、楽曲への集中と演奏への集中に分かれる(無論、両者は実演においては密接に絡み合っているが)。今回は、楽曲への集中に傾いた。演奏が始まってしばらくは、自分にとって初めての指揮者カリニャーニ、ミミを歌うマチャイゼがどんな指揮者、歌手だろうという思いもあったのだが、なるほどこういうスタイルか、という一定の方向性が見えた時点でなぜか頭が切り替わった。カリニャーノは、何度か歌手がテンポを落とすのに付き合っていたが、途中でテンポを回復せずに行くので、そこはオケのみの部分でさっと戻して欲しかった。プッチーニは、スコアにここでロドルフォがミミにキスをする、と言った動作の指示、ここはラレンタンド(テンポを遅くして)と言った演奏上の指示を細かく、細かく過剰なまでに書き入れている。

そのことからもわかるのだが、プッチーニが心血を注いでいるのは、劇の自然な流れと音楽の進行を一致させることだ。だから、アリア的な曲を完結したアリア風に歌ってしまうのは問題が多いと感じる。それでは、そこが前後と隔絶してしまうからだ。1幕でアリア的なものといえば、「冷たい手を」と「私の名はミミ」であるが、ナンバーオペラのアリアとは異なり、プッチーニは冷たい手をの始まりは、同一音を繰り返す、つまりレチタティーヴォのように開始しているし、「私のなはミミ」でもvivo sola soletta のあたりでオケがなく、明らかにレチタティーヴォ的だ。マチャイゼの歌唱は、むしろしっかりアリア的に歌うことに注力していたような感じだった。先日テレビで観たスカラ座の『トスカ』におけるメーリ(カヴァラドッシ役)もそうだった。あえてそうするというチャレンジもあるであろうが、原則としては、レチタティーヴォ的な部分とアリア的な部分がソフトランディングできるように工夫してプッチーニは書いているし、伝統的な歌唱はそれを踏まえたものであった。

そのことを思い起こし、以後、曲がどう書かれているかに注意を傾けて聞いたのだが、この時代、ワーグナーの影響はイタリアでも強く、イタリアでもヴェルディの『オテッロ』以降は音楽劇としての構築の仕方が変容しており(とは言え、ヴェルディはすでに『リゴレット』の時点で従来のナンバーオペラを大きく逸脱しているわけだが)プッチーニはこうした経緯を踏まえた上で、しかしながら、レチタティーヴォともアリアともつかない部分がだらだらと続くことを巧妙に避けているわけだ。従来であったならばレチタティーヴォ(アコンパニャート)だった部分のオケの扱いでメロディー的要素を混ぜ、前後のアリア的部分との落差を小さくしている。そういう点でいつも感心するのは第一幕である。

今回は、演出の自然な運びに助けられて、第四幕まで感情的な流れが途切れず、四幕でのミミが過去を回顧する場面もくどくどしくなかった。これは指揮者とオケの品位ある演奏の手柄でもあると思う。メロディーと重ねるようにこれでもかと書いてある部分もプッチーニにはあってやりすぎるとちょっと胸焼けしそうになるのであるが、そこの塩梅がよかった。

プログラムで井内美香氏の「初演までの紆余曲折ー手紙や当時の批評からみた『ラ・ボエーム』」には、2015年に第1巻が刊行され刊行中のプッチーニ書簡全集が反映されていて、大いに参考になった。

 

 

 

 

 

 

 

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テリー・ウェイのリサイタル

カウンターテナ歌手テリー・ウェイのリサイタルを聴いた(カールスルーエ、クリストス教会)。

ヘンデルのオペラ『セルセ』を観た後、約2キロ離れた教会へ。トラムも結構走っているのだが、路線図を把握していないので徒歩で。われながらご苦労さんである。当初は午前に別の教会でのコンサートも考慮に入れていたのだが、さすがにパスした。

テリー・ウェイはスイス系アメリカ人でヴィーンで音楽教育を受けたとのこと。

この日のプログラムの副題には「孤独と憧憬」とあるように、冒頭がパーセルの'O solitude'で終曲がヘンデルの 'La solitudine' だった。パーセルに続いてダウランド(1563-1626)のThe lowest trees have tops, Robert  Johnson (ca.1583-1628) のHave you seen but a white lily grow. 

伴奏はリュートとヴィオラ・ダ・ガンバだったが、先日のチェンバロ伴奏より一層、古楽的な響きがした。リュートは絶対的な音量は決して大きくないのだが、教会のようなコンパクトでしかも反響豊かな空間では十分に鳴る。空間が大きすぎて拡散していく一方だと聞こえにくいのだ。Alfonso Ferrabosco (ca. 1575-1628)のPavin, Gigue.

再びJohn Dowland のIn darkness le me dwell, Can she excuse my wrongs, Come heavy sleep.

Christopher Simpson (ca.1605-1689)のPrelude in e-minor.

Michael Cavendish (ca.1565-1628)のWandering in this place

パーセルのIf music be the food  of love, Sweeter than roses

マラン・マレ(1656-1728)のLa Reveuse, Arabesque

ヘンデルの Nel dolce tempo, La solitudine

アンコールはJ.P. Krieger の孤独(Einsamkeit)であった。

先日のカウンターテナーはピンチヒッターだったので比較するのも気の毒なのだが、曲目がパーセルなどで重なっている。

テリー・ウェイの場合、曲の細部の表現により緻密な濃淡が見られ、音がフレーズの終わりで伸びていく時にも豊かなニュアンスを

聴かせていた。基本的には柔らかい音で、二重母音なども後ろの音はややそっと添える感じがある。それがこの教会という残響の多い

会場を意識してなのか、通常のコンサートホールでもこういう歌い方なのかは判然としない。

この日のプログラムも、音楽史的なパースペクティブがあって、ダウランドやパーセルがイギリスで活躍していた時期とヘンデルへ至る道を想起させる。影響が直接であれ、間接であれ、ヘンデルの前後左右に視野が広がる感じである。

 

 

 

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2020年4月28日 (火)

サクラーティの La finta pazza

フランチェスコ・サクラーティのオペラ La finta pazza (狂ったフリの女)をストリーミングで観た。

フランスのディジョンのプロダクションだが、ストリーミングで観られるのは1日だけだった。時節柄、雑多な仕事をしながら、画面を観たり、耳だけ傾けたりで、集中して観たわけではないのだが、二度ほど見流すというか聞き流した。

サクラーティは、1605年生まれ、1650年没なので大雑把にはカヴァッリやチェスティの世代の人と言って良いだろう。音楽も、大まかにはそんな感じだが、重唱に魅力的な曲が多い。男同士の重唱もあるし、幕切れは、登場人物が集まっての合唱で終わると見せて、カップルの二重唱で終わるーモンテヴェルディのポッペアの戴冠を想起させるーのだった。

指揮はアラルコン。ストーリーはヘンデルの『デイダミア』などと共通の話で、アキッレの父は、神託でアキッレがトロイ戦争で死ぬというので、女装させてよその王様に預ける。そこの王女がデイダミアで恋仲になる。ヘンデルの版と異なり、サクラーティでは二人の間には子供がいるのだった。

そこへウリッセがやってきて、アキッレが男であることがバレる。戦争に行くことになるのだが、デイダミアは必死にそれを止めようとして気が触れたフリをする。

このアキッレが女装で育てられ、ある時点で男であることがバレてしまう、という主題は有名で、多くの絵画作品にも描かれているし、多くのオペラ(バロックオペラ)で扱われている主題である。

デイダミアの歌手がなかなか良かったが、指揮も、他の男性歌手もよく、こういったマイナーな作品が地方の劇場で上演されるところにフランスのバロック・オペラ上演の厚みに圧倒される思いがした。

 

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2020年3月11日 (水)

シエナ外国人大学、オンライン授業

今般猛威を振るうコロナウィールス感染を抑え込むため、イタリアでは様々な活動が停止されているが、各種学校での通常の授業もそこに含まれる。

この事態に対応して、シエナ外国人大学(Universita per stranieri di Siena) では、オンラインで授業をしていて、ストリーミングあるいは

録画した授業を観る(聴く)ことが可能になっている。

https://www.unistrasi.it/1/668/5227/Didattica_online.htm?fbclid=IwAR2xOJwkb07i9T1nDHWFQpLZN9N97QIGEyrnrZr1wbkaaK6LCyhfqcDlvL8

最初の2つを視聴したが、1つ目はカタルディ教授のレオパルディの恋愛詩についての講義で、2つ目はモレッティ教授のイタリア現代史、特にカブールについての講義であり、どちらも興味深く聞いた。素早い対応と言えよう。

 

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