2018年9月23日 (日)

マテウッツィのマスタークラス(4)

6人目はメゾソプラノのWさん。Mozart の《イドメネオ》からイダマンテのアリア'Il padre adorato' (愛しい父よ)。ここでは、喉が疲れている場合にどんな注意が必要なのかの話。曲に入る前に発声練習を入念にした。ハミングでの発声練習もあった。ミミミミミーという感じで歌うのだ。喉の調子が万全でないときは声を広げないで集める。声はマスケラから出す。ヴィヴラートをかける。

7人目はテノールのSさん。ドニゼッティの《Il duca d'Alba》のアリア 'Angelo casto e bel'.(清らかで美しい天使)。 ここでは息継ぎの仕方の指導。基本的には、しゃべるのと同じ。学生に歌わせたあとで、同じ歌詞を語らせ、それと同じように息継ぎをしないで歌ってみなさいとチャレンジさせた。すると息を大事にして歌うことになるので後半が柔らかい音になったのは見事な変化だった。

ここでも子音の指導は細かく、例えば hanno, fanno の n の二重子音を丁寧に出すようにとのこと。

また息を閉じ込めずに柔らかく歌うというのは、実際に歌ってもらうとよくわかるのだ。マテウッツィがお手本を示す時には、どこにも変な力が入らず、ストレスのない声の出方がどう言うものかが眼前に示される。何人かの学生は、緊張して肩やのどに力が入らないように、試しにここで歩きながら歌ってみるようにと指導があった 。動くことに気を取られ、肩や喉まわりの緊張がほぐれる人もいたし、歩いても緊張したままの人もいた。むずかしいものだ。

マスケラに当てると言うのも、指摘を受けた学生が何度も繰り返して、少し良くなったとか、大体オーケーとか先生に言われているのだが、そう言う変化を聞き、なおかつ先生のお手本を聞くと、ちゃんとマスケラに当たった音がどう言うもので、十分当たっていないとどう言う音・声かがわかるようになってきた気がする。

また何人かの学生が指摘されていたが、i の音の時に、声がくぐもってしまったりすると、すかさず i (キやミなども)も響かせてと言う指摘があり、たしかに、工夫するとイ行でも響く音・声は出るのだった。

マテウッツィが歌うと余計なストレスのかからない声・音が澄んだ響きかが良くわかる。これが基本で、劇的な表情をつける時にはパルランテ(語るように)なって良いわけである。マテウッツィの授業では基本が徹底的に叩き込まれる。

そういえば筆者は文学系であったが、大学院の授業でもひたすら大きな辞書の引き方を徹底的に学ぶような授業があって、それは修業みたいなものなのだけれど、後々役に立つのである。歌手の方々は発声が最重要なのは言うまでもないだろう。

長時間にわたる聴講であったが、興味は尽きなかった。気がつくのが遅く、1日しか聴講できなかったのが残念なくらいだ。

マテウッツィ先生やピアノ・通訳の高島理佐氏、学生、大学院生の皆様、国立音大の関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

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マテウッツィのマスタークラス(3)

マテウッツィのマスタークラスの続き。

午後の最初、今日の4人目はソプラノのOさん。Mozart の《コジ・ファン・トゥッティ》の'Una donna a quindici anni' (女性も15歳になったら)。デスピーナが婚約者のいる姉妹に自由恋愛をそそのかす軽妙洒脱なアリアだ。マテウッツィはデスピーナは'carattere molto, molto, molto...interessante' と言い、デスピーナのキャラを立たせることを強調。デスピーナのずる賢さをジェスチャーや顔の表情、歌のフレーズでの表情づけで表現するようにと。
 繰り返しになるが、perche の pの音に息が入らないようにという注意。前にも述べたがこれは多くの学生が注意を受けたところであり、語頭のみならず、音を伸ばした時にもそこに h が入っている、入ってはいけないという注意があるのだった。
 また、この歌でもレガートの指示をモーツァルトは1ページで16個も書き入れており、それは書いてある通りにしなければならない。モーツァルトはその手間もインク代も惜しまなかったのだから、という冗談とも教訓ともつかない説明まであった。
 ここでは途中からフィオルディリージとドラベッラ役の学生が参加して掛け合いをやったのだが、マテウッツィはこのやりとりは演技や間合いが大切だとして、実際にやって見せる。フィオルディリージやドラベッラが最初はデスピーナの言うことにとんでもない!とややブリッコなくらい大げさに拒絶反応を示しながら、ドラベッラは興味を示して行く。それを目の表情で示すべき、など。演技は実際に彼が女性を大げさなくらいはっきり演技して見せるので、よくわかるし、可笑しくてオーディエンスも笑ってしまう。これが《コジ》の楽しさだよと心で相槌を打つ。また、見事だったのは、3人ともマテウッツィの演技をすぐに取り入れて、最初とは演技、表情がぐんと変わるし、ドラマとして実に生き生きしてくるのだ。先生も偉いし、学生も優秀で、見ている方も嬉しい。一人で歌うアリアは音楽的な完成度を目指す方向に向かいがちだが、重唱でやりとりがあると、演劇的要素が浮かび上がってくる。それに音楽がどう絡むか、演技がどう絡むかが見どころ、聞かせどころだということを改めて認識した。
5人目はバリトンのSさん。曲はロッシーニの《セビリアの理髪師》のフィガロの’Largo al factotum'(俺は街の何でも屋)。ここでは母音をはっきり発音する指導。Largo al という時に、急いで発音すればラルゴのオと次のアルがくっついてしまいがちだが、ゴをはっきり出せという指示。また、息をまわすという指示も。これは口で言うとわかりにくいと思うが、息が頭の後ろの方に回すと言う感じなのである。フレーズが長くなって息を大事に使い回す時に、積極的に前から息を排出せず頭の後ろの方に回すと言う表現をしている。
 この曲の最後の 'della citta' デッラのラはロで構わないということだった。

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マテウッツィのマスタークラス(2)

マテウッツィのマスタークラスの続編で個別のレッスンの様子を記す。

トップバッターはバリトンのKさん。ヴェルディの《ドン・カルロ》の 'Per me giunto'(終わりの日は来た)。 ロドリーゴが死を前にして、ドン・カルロに語りかける場面である。マテウッツィ(敬称略、以下同様)は自分が歌手であるからだろうが、学生の喉を細かく配慮する。無理な負担がかかる歌い方をすれば、喉を傷めてしまうというわけだ。Kさんの場合は、acuto (高音)はかぶせて歌い、低い方はかぶせずに開いて歌うようにという指示が出ていた。
 多くの学生に対して言っていたこととして、高音になったら母音は何でも良い。aと書いてあっても o や u で良いのだと。つまり'マーと歌うようになっていてもモーと歌って良いのだ。ただし、子音はしっかり出さないとダメだと言っていた。確かに、聞き手としても激しく納得。母音は頭で調整できるが、子音が聞き取れないと何という単語がとっさに思い浮かばない。だから例えば m  の音をきっちりと出すように何度もその場で繰り返させるのである。子音はマスケラに響かせる。
 また多くの学生にハミングで歌わせる。
 少し意外だったのは、学生に誰をCDなどで聞くかと尋ね、カプッチッリやブルゾン、さらにバスティアニーニの名前があがったのだが、マテウッツィはさらに遡ってガレッフィやベーキといったかなり昔の歌手をあげていた。彼らの歌に今でも聞くべき歌唱法があるという意味のことを言っていた。
 二番目はソプラノのKさん。モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》の 'Mi tradi quell'alma ingrata' (あの人でなしは私を欺き)。この歌では徹底的にレガートにこだわって歌わせていた。マテウッツィは自分はレガートにこだわりが大きいのだと認めていたが、たしかにレガートを徹底するとフレーズの音楽的表情が変わるのを眼前で聞いて軽い驚きを感じた。
周知のようにエルヴィーラは怒りに燃えるところと、今だにドン・ジョヴァンニを思う気持ちが交互に入り乱れて現れるわけだが、その激しい感情を表すため特に子音 r (二重子音の場合もあり)を強調して歌うようにという指示。
 三番目もソプラノのKさん。モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》のドンナ・アンナの 'Non mi dir, bell'idol mio' (どんなにあなたを愛している行ことか)。ここでも子音の発音にはこだわっていた。多くの学生が注意されていたが、子音をはっきり発音しようとして h の音が入ってしまうことだった。例えば、O dio という時に、ディオの部分がディホのようになってしまう(もちろん、これは誇張して言っているのであって、強いて言えばということです、念のため)のはいけない。あるいは Che という時に強く発音しようとすると息が入ってしまいそうになるが、それは多くの学生にマテウッツィはダメ出しをしていた。イタリア語にhの音は一切ないのだ、だからそういう息の音は認められない、と言う。
 性格づけの問題で、ドンナ・アンナやドンナ・エルヴィーラのような貴婦人と、ツェルリーナや《フィガロ》のバルバリーナ、《コジ》のデスピーナのような侍女・召使いはキャラクターが違う(名前にもイーナという指小辞が付いている)。ここでも装飾音をレガートにという指摘。装飾音だけでなく同音を繰り返す時にも、区切りを入れるとバッハのようだと言い、レガートでポルタメントでと強調していた。魚の口という表現は何度も出てきて口はすぼめているが、喉は力が入らずに開いているという状態を求めることがよくあった。
ここで昼休み休憩となった。

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マテウッツィのマスタークラス(1)

ウィリアム・マテウッツィのマスタークラスを聴講した(国立音大)。

今さらではあるが、国立音大は現在のキャンパスは玉川上水(モノレールまたは西武拝島線)が最寄り駅で、筆者はモノレールで行った。
 東京都は地下鉄がはりめぐらされた都心部は別として郊外は南北の移動が相対的には不便だ。線路は都心部に向かって(東西に)走るものが多い。
 このマスタークラスの存在は、知人がFacebook でアナウンスしているのを見て初めて知ったのだが、何年も前からやっているらしい。しかも一週間毎日長時間やっているのである。月曜日から金曜日までは10時45分から6時まで。土曜日が午前レッスンで午後公開マスタークラス。
 筆者は木曜日、まるまる聴講させていただいた。結論から言えば、個人的には非常に多くのことを学べ収穫が大きかった。
 レッスンは1人45分。午前3人で、昼食時間が入り、午後は2人レッスン、休憩ののちさらに2人で合計7人。長丁場である。それを毎日一週間やるのはすごいことだと思うが、逆に言うと、これは観客に見せるためのマスタークラスではなく、音大生(院生も含む)のためのマスタークラスなのだ。だから、ほとんどの人が1曲のアリア(レチタティーヴォを含む場合や、3人での掛け合い部分含む場合あり)を45分かけてじっくりと習う。発声に不具合が生じた場合、何度も何度も、繰り返して学生・院生にやらせる。マテウッツィの場合、自分が歌手なのでどうマスケラに響かせるのかを実演して見せるので実にわかりやすく、かつ納得がいく。
 マスケラというのは、仮面という意味があるように、口より上、鼻、目、額のあたりであるが、ここを響かせるようにと何度も指摘がある。しかしそこに注力して鼻声になりすぎてはいけないのだった。
 マテウッツィは当然イタリア語で語るのだが、ピアノ伴奏の高島理佐氏が的確に訳して学生(以後、大学院生も含めて学生と呼ぶ)に伝えてくださる。
 会場は、講堂の第一リハーサルというところなのだが、小ぶりの体育館くらいの広さで、さすが音大だと思ったのは、壁も天井も木で実に響木が良い。かつ、天井も壁も平面ではなく、例えば天井は4つの山ができる形でウネを作っている。壁も同様で、平らではなく、かつ1つおきに細かく孔のあいたパネルを配しているのだった。
 個別のレッスン内容は続きで。

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2018年8月29日 (水)

モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》

モンテヴェルディ作曲のオペラ《ポッペアの戴冠》を観た(ザルツブルク、モーツァルト劇場)。

以前にも書いた気がするが、モーツァルト劇場というのは、モーツァルトハウスというのだが、ザルツブルクにはモーツァルトの生家とその後引っ越して住んだ家があり、どちらも博物館として公開されている。それとは別にモーツァルトハウスという劇場があるのだ。説明なしではあまりに紛らわしいと考えモーツァルト劇場としておく次第です。
指揮はウィリアム・クリスティーで管弦楽はレ・ザール・フロリサン。周知のごとく、小規模で古楽器を使用している。
一言で言えば非常にレベルの高い、かつ興味深い演出の上演でモンテヴェルディの作品の力に改めて感銘を受けた。
歌手については、考えさせられることがいくつかあった。歌手の歌唱法や様式感はどこまで統一すべきかということ。究極のところを言ってしまえば、モンテヴェルディの時代にどんな風に歌っていたのかは録音がない。モンテヴェルディだけでなく、ロッシーニの時代でもないわけだ。ロッシーニの時代に関しては、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルおよびそこでの若手歌手向けのアカデミーで、今は亡きゼッダが徹底的に指導して、ロッシーニはこう歌うべきという指針を示し、それを反映してROFでのロッシーニ演奏は概して、様式感の統一がとれた演奏になっている。
この日のモンテヴェルディでは比較的緩やかな統一感であり、個々の歌手の歌いぶりには単に声質や声量の問題ではなく、違いが見られた。
ポッペアを歌い演じたのはヨンチェヴァ。彼女の存在感は絶大だった。ポッペアがネロを夢中にさせる魅惑を持つということを声でも演技でも説得力を持って示していた。彼女の歌いぶりは様式感があるのだが、時にロマンティックな歌唱法に傾く。傾いてギリギリのところでまた戻ってくるという感じで、どういう歌い方もできるし、劇の展開に応じてその場面の求める表情・表現に最適の歌唱法を使い分ける感じである。
ネロのケイト・リンゼイはメゾでややくぐもった声は魅力的なのだが、ところどころ発音がはっきりしない。それに対し、発音が最も綺麗で、よく聞き取れたのはオットーネを演じたカルロ・ヴィストーリ(カウンターテナー)。感心してプログラムを見たらマテウッツィやソニア・プリナに習っているのだった。なるほど。以前、マテウッツィに習った日本人歌手にお話をうかがったことがあるのだが、マテウッツィは発音の細かい点まで念入りに指導するという。イタリア語の母音はアエイオウなのだが、エとオには開口音と閉口音がある。地域差や個人差があって、この区別をする人としない人がいるが、若い知人でも(トスカナ出身)する人はするのだった。
そこまでの細かさは原則イタリア人歌手にしか求めないとしても、普通に歌詞は聞き取れるのが良いのは言うまでもない。セネカのレナート・ドルチーニはバリトンだが、歌唱、発音ともに安心して聞いていられる。
この日の演出では、バレエ・ダンサー(沢山いる)が入れ替わり、立ち替わり、歌手の周りにいたり、舞台奥で絡み合っていたり、あるいは舞台中央少し奥で1人のダンサー(入れ替わる)がずっとクルクル回っている。登場人物が歌っていようが退場しようがクルクル回っているので、時や運命の輪を表象しているのかとも思う。
大勢のダンサーにより、身体性を前景化するのは優れた試みであると思うが、女装したオットーネが(オッタヴィアの命令を受け)ポッペアを殺害しようとし失敗する場面では、ポッペアが眠っている(庭で昼寝をしている)のを彼女が立ったまま目をつむり、周りに何人ものダンサーがいてこれまた眠っているという状況なのだが、オットーネが女装しないのと殺害の試みおよび失敗は演劇的にはっきりしなかった。
乳母やアルナルタといった役はマルセル・ビークマンやベテランのドミニク・ヴィスが女装して演じ、演劇的にも達者でユーモラスなシーンを見せ、聞かせていた。
《ポッペアの戴冠》は周知のように、《オルフェオ》とは異なり、残された楽譜がメロディーと通奏低音しか示しておらず、どうオーケストレーションするかは版によって異なるし、リブレットの異動に関しても最終曲を含め様々な問題を抱えている。作曲も、モンテヴェルディ単独ではなく、1人あるいは複数の作曲家が手伝ったのではないかと言われている。しかしながら、実際の上演に接してみると、劇的に盛り上がったところでの半音階の使い方の絶妙さを含め、凡庸なところがない。他の作曲家が作ったものも仕上げはモンテヴェルディが一筆加えたのではないかと考えたくなる。俳句の添削などでもそうだが、宗匠が一筆加えると、俄然生き生きとする、ということがある。
最終曲' Pur ti miro'は、非常にゆっくりとしたテンポで嫋嫋と歌われた。そのポッペアとネロの2人をオケの男性奏者が呆然と陶然として見ているのが印象的だった。何度でもモンテヴェルディ(少なくとも最終監修はモンテヴェルディだと信じる)の二重唱に感動できる、しかも技術の高い演奏家。そういう愛すべき演奏家を間近に聞けた幸せな一夜であった。
なおこの上演は筆者が見た日とは異なりますが、8月29日現在you tubeで見ることが可能です。今、確認したところ、最終曲はyoutube の日の方がごく普通、つまり筆者が見た日よりもずっと早いテンポで歌っています。個人的には早い方が好みであったけれど、きっと楽日なので歌手の歌いように歌わせたのではないかと想像します。

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行きあたりばったりのオルガン・コンサート

予定外のオルガン・コンサートを聴いた(ザルツブルク大聖堂)。

ザルツブルクはさほど大きな町ではないので、旧市街の見所は2、3日もあれば一通りは見られるだろう。音楽祭の合間に街をぶらぶらして、モーツァルトの住居(住んだ家と生家と両方がザルツブルクにはある)を何度も訪れたりしている。
今回気が付いたのだが、メインのザルツブルク音楽祭とは別に地元の教会やミラベル公園や宮殿で音楽会が催されている。
なんという目的もなく大聖堂へ歩いていくとお昼のオルガンコンサートをやるというので入った。料金は5ユーロ。12時5分開始というのが中途半端だなと思っていたら、12時には教会の鐘が鳴るので鳴り止んでからという意味だとわかった。
曲目は3つ。最初の1曲と後半の2曲では弾くオルガンを使い分けていた。
1曲目は教会の中央に近い壁についたHoforgel で演奏され Franz Xaver Schnitzer (1740-1785)のSonata V ロ長調、作品1、5。マイナーでローカルな作曲家だが、年代的にもモーツァルトに少し先立つ世代。ソネチネ・アルバム風の曲。それがオルガンで弾かれると、音がかぶって聞こえるがご愛嬌。
2曲目と3曲目は教会の出入り口の上方に聳えるようにある大オルガン(Grossen Orgel).2局目は、ヨハン・セバスティアン・バッハ(大バッハ)のイギリス組曲第三番、BWV808。この日の演奏者・オルガニストのマティアス・ロートによる編曲。
3局目はメンデルスゾーンのソナタ第四番、ロ長調。作品65、4。最終楽章はアレグロ・マエストーゾ・エ・ヴィヴァーチェとあったが、大オルガンの重層的な音響に圧倒された。
今回、ニュルンベルクの聖ロレンツ教会でもたまたまオルガンを聞く機会に恵まれた(オルガニストが練習していたのかもしれない)が、教会のお堂の空気全体が振動しているのは体感しなければ経験できない音だ。方向性も曖昧になるし、低音は、花火などは別として、楽器の楽音としてこんな低い音はないだろう。オーディオ装置での再生は、いくら大画面と言っても建築物の大きさは実際に見上げたり、その建物の中に入らないと実感できないのと同様だ。
何度も教会の音を経験した上で、オーディオ装置の音から実際はこう響いているだろうと逆算するしかない。人間イコライザーだ。
音響はともかく、バッハからバッハの末息子より5つ年下のシュニッツァー、そしてロマン派のメンデルスゾーンと面白いプログラムだった。
こういうものを気軽に聞ける環境も豊かだと思った。明らかに観光客たちが気軽に入って聞いていた。

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2018年8月28日 (火)

ヘンツェ《The Bassarids》その3

ヘンツェのオペラ《The Bassarids》の続きである。

前回と前々回に書きそびれたインテルメッツォについて記しておこう。インテルメッツォの直前には、王ペンテウスと身をやつしたディオニソスが会話を交わしている。会話の中身に入る前にインテルメッツォの位置について説明しておこう。このオペラは通常のようにAct (Atto、幕)という区切りではなく、4つのmovement (楽章)を持った交響曲のような形式を持っている。インテルメッツォは3つ目の楽章の後半に置かれている。
3つ目の楽章の前半では、前述のようにディオニソスと若き王ペンテウスが会話をし、ディオニソスの狂乱の踊りを踊るときに淫らなものも貞淑なものもいるという話になって、ペンテウスは母アガヴェはどうなのかときにする。二人はアガヴェの手鏡を持ってこさせそれを覗き見る。この場面、今回の演出(ポーランド出身のクリストフ・ワリコフスキ)では、二人は左端の空間に行き、壁に映し出された映像(それが鏡に映った像ということなのだろう)を見ている。映し出されるのは、右端で展開される行為なのだ。つまり右端の行為をヴィデオ中継して左端の壁に映し出している。左端の映像はアップになったりするので、実物大よりも大きい。
そこで展開されるのは、カリオペの審判という劇なのだった。
カリオペの審判というのは、ギリシア神話の1つのエピソードである。ヴィーナスとプロセルピナが美少年アドニスを争い、どちらのものかをゼウスに問うと、ゼウスはその審判をカリオペに命じる。カリオペは1年の3分の1はヴィーナスともう3分の1はプロセルピナと残りの3分の1は自由にとと言う。その判定・審判にヴィーナスは不満という内容だ。この場面では、劇中劇としてアガヴェがヴィーナスに、アガヴェの妹アウトノエがプロセルピナ、隊長がアドニスを演じる。ヴィーナスとプロセルピナがアドニスを奪い合う。それを離れた箇所で身をやつしたディオニソスとペンテウスが見ているわけだ。アガヴェとアウトノエはそれぞれ裸の若者を四つん這いにさせ首輪をつけて犬のように従えている。これは解説にもあるが、パゾリーニの映画「ソドムの市」の引用だ。サディスティックかつグロテスクなエロスの世界を母は生きている、それをペンテウスは見てしまう、という構図だ。
この後、3楽章の第2部でペンテウスは女装し、バッコスの信女たちの間に入っていくが見つかって殺される。殺される場面は今回の上演では右端の空間、アガヴェの寝室でアガヴェとアウトノエが斧を持ち、ベッドの上のペンテウスに斧を振り下ろすのだった。
場に恐怖やエロスはあるのだが、ロマン主義的なそれとは異なる描かれ方をしている。演劇として極めて興味深く刺激的だし、音楽がそれに相関性を持っており説得力に満ちていた。
20世紀後半の数少ない傑作オペラの1つだと思った。

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ペトレンコ指揮ベルリンフィル演奏会

キリル・ペトレンコ指揮ベルリンフィルの演奏会を聴いた(ザルツブルク祝祭大劇場)。

曲目は前半がポール・デュカスの「ラ・ペリ」というバレー音楽とユジャで・ワンを独奏者に迎えてプロコフィエフのピアノ協奏曲3番。後半はフランツ・シュミットの交響曲第4番。
デュカスの曲は彼晩年の曲。官能的なところを指揮ぶりでは出していたが、ベルリンフィルの表情はやや真面目な感じで、あくまで美しいのだが。。。
次のプロコフィエフでは、独奏者がユジャ・ワンという人のトレードマークらしいがミニスカートとピンヒールで出てきてものすごい速さでお辞儀をする。普通の人の倍速ではないだろうか。
で、バリバリ弾く。彼女のケレン味たっぷりで切れ味の良いピアニズムはプロコフィエフにぴったりだと思う。プロコフィエフの曲自体がケレン味の塊、スリリングにピアノを弾かせ、オケを鳴らすように書かれている。生で聞くとピチカートの多さに改めて気がつく。また、コントラバスの出番の多さにも気がつかされた。座席が左右の中央で前の方であったためピアノが運び込まれると指揮者がすっかり隠れてしまい指揮ぶりは見えなかった。
しかし曲がいたるところにスリリングでエキサイティングなフレーズを持っており、外見に照応した華やかなピアニズムを持った独奏者であるから弾き終わると嵐のような拍手。プロコフィエフの非ロマン主義的な叙情に心打たれた。ユジャ・ワンは小品をアンコールした。
後半は、フランツ・シュミットの交響曲4番。後期ロマン派の曲で、フランク的に同じような旋律がぐるぐると繰り返されたり、楽器間を受け渡されるうちに不思議なうねりが生まれたり、ある種の陶酔感も生まれてくる。最初こそ金管がソロで出てくるが、メインの部分は弦楽器の内声の充実したやり取りが中心。渋いがなかなか良い曲かもしれない。
ベルリンフィルの指揮者が何を演奏するかの曲目選びは難しいのだろうと思った。このオケだから何でも弾けるには違いないのだが、ペトレンコは常任になることが決まっているわけでこれからベルリンフィルをどういう方向にリードしていくのかが問われることになると思うからだ。
ペトレンコの指揮は柔軟性に富んでいる。曲のうねりを捉えるのが見事で、そこでもりもりとテンポを上げて、結節点でバーンと決める。曲の構造に沿っているから、アッチェレランドも決めも自然な流れにのっている。でなければ、シュミットの曲など、かなり退屈な演奏をすることも十分可能な曲だと見た。音楽、曲に内在する喜び、ダンス的な活力を見出して、形にするのがとても上手なのである。
これからベルリンフィルがどう変容していくのか楽しみだ。

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ヘンツェ《The Bassarids》その2

ヘンツェ作曲のオペラ《The Bassarids》を再度観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ劇場)。

2度見ることで、演出クリシュトフ・ワルリスキの意図がよりよく理解できたし、音楽についてもより細部まで確認できたが、それによってより感銘を受けた。2度見ることで理解が進むのは映画でもオペラでもあることだが、それで感銘が深まるとは限らない。

この劇場はそもそも奥行きは狭く、左右が長い舞台なのだが、ワルリスキはこの舞台を柱によって4つの空間に区切っていた。空間と空間の間にドアのようなものがある場合もある。1度めに見たときには、向かって右側の前列かぶりつきのような席だったので、眼前のものはすごい迫力なのだが、左側の空間で同時に何かが進行している場合、そこが認識しにくいのだった。全体を俯瞰しにくい位置にある座席だった。しかし、歌手の俳優・女優としての存在感、ダンサーのダンスに圧倒されるという演劇の体験にとっては絶好の場所であったとも言える。

二回目の座席はこの会場が大きく二段に分かれている上の段でしかも舞台向かって左よりだったので、前回よりは全体が俯瞰でき、左側で進行する事象がより理解できた。頭での理解がより促進される位置で、両方の座席を経験できてラッキーであった。

今回の上演では、オーデン&カールマンのリブレットにないプロローグがあった。オケが演奏をする前に、ディオニソス役の歌手が、モノローグで、私はディオニソスで自分の母はセメレ、父はゼウスなのだが、セメレの姉妹は自分の出自を認めていない、という状況説明をする。最初、これは演出家が創作したのかと思った(何故なら、出版されているオーデンのリブレット集にはプロローグがなかったから)が、現地で買ったプログラムの註によると、これはヘンツェが1968年のアメリカ及びイギリス初演に際して付け加えたものだった。筆者も、エウリピデスの『バッコスの信女』とオーデン&カールマンのリブレットを読み比べ、後者の方が状況説明が足りなくて(モダニズム以降の文学者にありがちなのだが、古典を既知のものとして知っていることを読者に要求し、状況説明的セリフ、叙述をカットしてしまう)不親切な面があると思った。むしろエウリピデスの方が説明的セリフが結構あるのだ。ヘンツェはプロローグを付加することにより、観客に登場人物の基本的人間関係と状況説明をしている。プロローグがあった方がはるかに観客に親切だ。そうでなくても20世紀後半のオペラは一般になじみがうすく音楽も「難解」と受け止めている人も少なくない。入り口はオープンである方が良いと思う。劇が進行するにつれ、音楽も劇も、エウリピデスの創り出したそしてそれを20世紀にヘンツェとオーデン・カールマンが再生したとてつもない世界に入っていくことに違いはないのだ。周知のように、古代ギリシアものとオペラは切っても切り離せないが、エウリピデスのこの作品は極北的なところがあるし、ヘンツェはそれにふさわしい音楽を作り出したと言ってよいのではないか。

このプロローグの後で、オーケストラが鳴り、合唱がペンテウスが王になった、と歌い始める。(なお、分かりやすさを優先して本項ではゼウスやディオニソスと表記しているが、英語台本のためゼウスはズュース、ディオニソスはダイオニサスと英語訛りで発音されている)。

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2018年8月27日 (月)

《スペードの女王》

チャイコフスキーのオペラ《スペードの女王》を観た(ザルツブルク祝祭大劇場)。

この作品の原作はプーシキンの短編で、それをもとにチャイコフスキーの弟モデストがリブレットを書いた。ウィキペディアによると、チャイコフスキーは作曲しながら、リブレットに自らも随分手を入れたようだ。また、最終場のヘルマンのアリアにも調性の異なる2つの版を用意したという。
主人公のヘルマン(ゲルマン)を歌ったのはブランドン・ジョヴァノヴィッチだが、強靭な声(喉)の持ち主で、3幕(7場)の間、ほぼ出づっぱりなのだが、常に伸びやかに表情豊かな声を聞かせる。
ストーリーも音楽も、遅れてきたロマン派という感じで、マリス・ヤンソンス指揮のヴィーン・フィルだと鳴りすぎるくらいよく鳴るのであった。もっともそれは僕の席が右手の壁際のボックス(と言ってもほとんど天井がない)のようなところで、平土間より高い位置にあってオケの音がダイレクトにやってくる座席であったことも影響はしているだろう。それを考慮に入れてもやはり、チャイコフスキーも、プッチーニと同様、メロディーがヴァイオリンでくっきり奏でられるなどオーケストレーションが厚塗りの油絵という感じで響きが濃く分厚いのも確かだ。
ストーリーはロマンティックな人の病理が盛りだくさんに出てくる。主人公ヘルマン(ゲルマン)は平民なのだが、貴族の令嬢リーザに憧れている。しかしリーザにはエレツキーという婚約者がいる。リーサの祖母はその昔パリで多くの男に言い寄られた美女であったのだがカードで絶対に勝てる秘密を知っているという。ヘルマンはリサを口説きその関係から祖母と二人きりになる機会を得て、カードに勝つ秘密を得ようとするが、祖母は沈黙を守ったまま息をひきとる。リーザはヘルマンに心を寄せるが、究極のところヘルマンはカードの秘密が大事なのだとわかり絶望する(のち自殺)。ヘルマンはカードで全財産をかけ2枚目までは成功するが3枚目で失敗、リサの祖母の復讐なのだと悟り、死を選ぶ。
リーザのエフゲニア・ムラヴェヴァはフレッシュな声。エレツキーには「貴方を愛します」というこのオペラで最も魅力的なメロディを持ったアリアがあり、イゴル・ゴロバテンコが素直に聞かせていた。
ヤンソンスの指揮は手慣れた音楽を無駄な動きなくまとめているという印象であったが、会場からは大きな拍手を浴びていた。

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2018年8月26日 (日)

ヘンツェ「トリスタン」他

ヘンツェの「トリスタン」という管弦楽曲を聴いた(ザルツブルク大劇場)。 ヴィーンフィルの演奏会で、前半がヘンツェの「トリスタン」、後半はヴァーグナーの《神々の黄昏》の抜粋。指輪4部作の最終篇が《神々の黄昏》なわけだが、その中の管弦楽だけの部分で抜粋しており、歌手は登場しない。 前半、楽団員入場の前に、指揮者のヴェルザーメストがやってきてマイクを持ち、ドイツ語と英語を交互に駆使してヘンツェの曲の解説をした。

この曲が書かれた1970年代にヘンツェは、コレオグラファーのジョン・クランコや詩人のオーデンといった仕事上の仲間を失っている。その追悼、親密な語りかけがピアノに反映されているという。ピアノとオーケストラとテープ音楽からなる曲で6部からなるのだが、通常のピアノ協奏曲のように華やかではなく、むしろ、死者に想いを馳せつつ、時に感情が爆発するといった感じか。決して穏やか一方の音楽ではなく、特に打楽器は多彩に展開し、打楽器奏者によっては何度も楽器を持ちかえていた。
休憩をはさんで後半はヴァーグナーの《神々の黄昏》から管弦楽部分の抜粋。指揮者のヴェルザーメストは非常に熱い指揮ぶりであった。2年前にフィデリオの序曲でも感心したのだが、この人は一皮、二皮むけて自分のやりたい音楽を大胆に表現するようになったのではないか。オーケストラが一糸乱れず進むことよりも、場面によっては攻めの表現を取ることに躊躇しなくなったと言ってもいいだろう。終演後は徐々に拍手たかまりスタンディングオベーションに。この人の指揮ぶりもそうなのだが、最初からエクサイティングなのではなく、体の芯からじわじわと熱くなっていく感じなのだ。表情は優秀な官僚やビジネスマンのようにクールなのだが、熱いハートを抱えているというか。
普段、クリーブランドを振っていて、ヴィーンフィルの音、音響を奏でる喜びに満ちているように見えた。

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《魔笛》

モーツァルトのオペラ《魔笛》を観た(ザルツブルク大劇場)。

指揮はコンスタンティノス・カリディス。ギリシア人で、非常にメリハリのはっきりした指揮。極端なまでに早いところは早い。ハーディングが《ドン・ジョヴァンニ》演奏にもたらした変化と最近評判のクルレンツィスを思い起こさせないでもない。指揮する姿はどこかショルティにも似ていなくはないのだった。
演出はリディア・スタイア。劇全体をおじいさんが3人の孫に聞かせる物語という枠組みを設定し、おじいさんと孫たちのやりとりを新たに加えている点が独自であり、解釈としてのポイントだろう。だから、最初のタミーノ登場も、子供達の寝室でおじいさんが読み聞かせをしているところに窓からタミーノが逃げ込んでくるのだ。
歌手はそれぞれに健闘していた。オケも良い。この解釈が最上かどうかはともかく1つの解決法であり、楽しめるものにはなっていた。タミーノとパミーナの結婚式の場面で一面に第一次対戦の戦闘シーンや負傷兵の姿が次々に映し出されたのは印象的で、そういえば第一次大戦終結100周年である。

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