王宮公園の「青い時間」――中世の夜から暁へ
再再度、東屋コンサート(インスブルック、王宮庭園)。
これは前項と同日ながら、夜9時半からのコンサート。夏時間とはいえ、さすがに真っ暗で、足下に設置された灯りを頼りに、公園の入り口から東屋までを探るように歩く。
このコンサートは1300年代や1400年代の音楽を紹介するもので、楽器自体がリコーダーの仲間を除けば、普段、古楽の音楽会でも見かけぬものばかりだった。音楽祭の公式プログラムでも、リコーダー、Doppelflöte、ハープ、Douçaine、Drehleier、Organetto、Dulcimer、Salterio、歌、打楽器という、なんとも珍しい編成が並んでいる。(altemusik.at)
笛で珍しいのは Doppelflöte(ドッペルフレーテ、二重フルート)。
二本の管を一本の奏者が同時に吹く楽器で、この日使われた中世型のものは、二本のリコーダーを横に並べて一体化したような姿をしている。奏者は一つの口で二本に同時に息を送り、左右の管を別々に指で操作する。したがって一人で二声を鳴らすことができる。Anne-Suse Enßle が実際に演奏している復元楽器では、左右それぞれの管に指孔があり、片方だけを単なる持続音にするのではなく、二本とも旋律的に動かすことができる。(flute-a-bec.com)
もう一つ目を引くのが Drehleier(ドレーライアー)、英語でいうハーディ・ガーディ。
これは弓で弦を擦るかわりに、横についたハンドルをくるくる回す。すると内部の木製の円盤が弦を擦り続ける仕組みになっている。さらに一定の音を持続させるドローン弦があるため、「ブーン」という低い音の上に旋律が乗る。いかにも中世らしい、少しざらついた独特の響きがする。
Organetto(オルガネット) は小さな携帯オルガン。
膝の上に載せられるほどの大きさで、片手でふいごを動かしながら、もう一方の手で鍵盤を弾く。中世や初期ルネサンスの絵画で、天使が抱えている小さなオルガンを見たことがある人もいるかもしれない。まさにあれである。
Dulcimer(ダルシマー) は、箱に何本もの弦を張り、小さな撥で叩いて音を出す楽器。遠い意味ではピアノの祖先の一つともいえる。細かな音がキラキラと飛び散るように響く。
一方、Salterio(サルテリオ) も箱型の多弦楽器だが、こちらは指や撥で弦をはじく。もっとも、中世の楽器名は現代のようにきっちり分類されているわけではないので、ダルシマーとサルテリオの境界もそれほど単純ではない。
そして Douçaine(ドゥセーヌ)。
これはダブルリードの管楽器で、ショームの仲間と考えればよい。ただしショームのような強烈な音ではなく、名前の通り、より柔らかな音を出す楽器である。
こうした楽器を二人の奏者が次々に持ち替えていく。
Anne-Suse Enßle がリコーダー、二重フルート、ハープ、ドゥセーヌ。Philipp Lamprecht がハーディ・ガーディ、オルガネット、ダルシマー、サルテリオ、歌、打楽器を担当する。
たった二人なのだが、目の前に現れる音色は驚くほど多彩である。(altemusik.at)
コンサートのタイトルは 《Die blaue Stunde》――「青い時間」。
「青い時間」とは、日が沈んでから完全な夜になるまでの、空が深い青色に染まる時間のことだが、プログラム全体にはさらに 《Nox et alba》――「夜と暁」 という題がつけられていた。
つまり、夕暮れの青い時間から始まり、夜が深まり、最後には朝の光が訪れるまでを音楽でたどっていく。
中心になるのは、中世の Alba(アルバ)、ドイツ語で Tagelied(夜明けの歌) と呼ばれる歌である。
一夜をともに過ごした恋人たち。
しかし朝が近づいてくる。
朝が来れば、二人は別れなければならない。
私たちには「夜明け」は希望や新しい始まりの象徴に思えるけれども、この種の恋愛歌ではむしろ逆である。夜こそ恋人たちが一緒にいられる時間で、朝の光はその幸福な時間の終わりを告げる。
このあたりが、いかにも中世らしくて面白いし、日本の後朝の別れを想起させる。
演奏されたのは、ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ、ジラウト・デ・ボルネーユ、オズヴァルト・フォン・ヴォルケンシュタイン、それに「ザルツブルクの修道士(Mönch von Salzburg)」と呼ばれる作者などの作品。
中世の音楽だからといって、すべてが荘重で静かなわけではない。
ハーディ・ガーディや打楽器が鳴れば、かなり土臭く、踊りたくなるような音楽にもなる。一方で、リコーダーやハープだけになると、一転して夜の空気の中に音が吸い込まれていくような静けさが生まれる。
プログラムの最後には、ザルツブルクの修道士による《Gar leis in senfter weis》が置かれていた。
これも夜明けの歌で、愛する女性をやさしく目覚めさせる歌である。公式の解説によれば、この曲で、長い夜をたどってきたプログラムに最初の朝の光が差す、という仕掛けになっている。(altemusik.at)
昼の1時には、まったく同じ東屋で、18世紀ドイツのリコーダー・ソナタを聴いた。
それから八時間半。
今度は真っ暗な公園の中で、ハーディ・ガーディや小さなオルガン、二重フルートを聴きながら、さらに三百年、四百年も昔へと遡っていく。
同じ場所なのに、昼とはまるで別世界であった。
こういう音楽は、立派なコンサートホールの中で聴くよりも、暗い木立に囲まれた東屋で聴くほうが、ずっと似合っているような気がした。


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