2017年2月15日 (水)

アンサンブル・レ・フィギュール「愛のかけら」

アンサンブル・レ・フィギュールという古楽アンサンブルのコンサート「愛のかけら」を聞いた(東京・初台、オペラシティ内の近江楽堂)。

近江楽堂というのは、初台のオペラシティの3Fにある小さなホールで、丸天井で、天井には十字の切れ込みがあり、さらには、アルコーブには舟越保武氏のマグダラのマリア像があり、明らかに礼拝堂などをイメージした作りである。座席120ほどでこじんまりとしており、演奏者と観客が親密な空間を共有できる。
アンサンブル・レ・フィギュールは、バロック・ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ、フラウト・トラヴェルソの4名の古楽器(ピリオド楽器)奏者からなり、この日は、フランス人カウンターテナーのポール=アントワーヌ・ベノス・ディアンが加わり、フランスのカンタータを歌った。
なぜフランスのプログラムかという点については、アンサンブル・レ・フィギュールの面々が日本出身だがパリ在住で大半がフランスで学んだ経験をもつということもあるのだろう。
曲目は第一部が
N.ベルニエ 序曲 カンタータ「夜明け」より
M.ランベール 宮廷歌曲「優しく誠実ないとしい人」(いとしい人というのが女羊飼い、という牧歌の伝統を踏まえている)
N.ベルニエ 「アマントとリュクリーヌ」
休憩10分を挟んで
第二部は
L.クープラン 前奏曲ト調
M. ランベール 宮廷歌曲「私の瞳よ、どれほどの涙を流したのだろう」
L.N.クレランボー ソナタ ラ・フェリシテ
L..N.クレランボー「ピュラモスとティスベ」
クープランなどは、チェンバロの独奏だったりするが、主となるのは、カウンターテナーが出てくるカンタータである。
ベノス・ディアンの声、発声は実に自然で、引っかかるところが感じられないし、表情づけ、音楽的なアクセントも完成度が高い。ヴァイオリンやフラウト・トラヴェルソも弾むむところはは弾み、リズム、音色ともに音楽的楽しさを享受できた。ヴィオラ・ダ・ガンバは、小ぶりのチェロという感じだが、脚の間に挟み楽器が床についていない。また、弓の持ち方が下からもつ感じで異なっている。もっと多人数の中では別として、この日は奏者は4人だったので、これがヴィオラ・ダ・ガンバで、その音色(案外低い音が響くーもしかするとホールのせいでもあるかもしれないが)がはっきりと認識できて興味深かった。通奏低音を担当することが多いが、対位法的な受け渡しで、ヴァイオリンやフラウト・トラヴェルソと同じ旋律を軽やかに弾くこともあるのだった。チェンバロは楽器がkubota 2006 と書かれたもので、京都でのコンサートで使用された楽器(ネットで拝見)とは異なるようだった。
個人的には、クープラン以外、これまで馴染みのない作曲家だったが、ベルニエもランベールも17世紀、18世紀の音楽であり、ヘンデルやヴィヴァルディ、あるいはそれ以前の作曲家と共通の音楽語法を持っており、親しみを感じた。バロック音楽の領域の広大さを感じたし、 プログラムに対訳で歌詞が掲載されていたのは大いに役にたった。
また、楽曲の演奏前にフラウトの石橋氏が簡潔な解説をしてくれたのもとても良かった。
この演奏会の存在を知らせてくれた知人に感謝。
この日、配布されたチラシを見て、今更ながら驚いたが、バロックや古楽器のコンサートは東京圏に限っても随分多いのだ。個人的には、ごく簡単な装置のセミステージで良いのででバロックオペラがもっと上演されるようになったらなあ、と思う。フランス・バロックで言えば、できれば、バロック式のバレエが伴えば言うことなしであるが。。。
それはともかく、この日のコンサート、素敵でした。           

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2017年2月 1日 (水)

『ガリバルディ イタリア建国の英雄』

藤沢

藤澤房俊著『ガリバルディ イタリア建国の英雄』(中公新書、820円)を読んだ。

大変に面白かった。藤澤氏のものは、新書であれ、専門書であれ、独特の語り口を持っている (ご本人がスピーチをする際には一層それが際立つのだが、ここでは省略)。
本書で言えば、「はじめに」に現れているように差し出すエピソードの鮮やかさがまず第一に挙げられよう。ここで挙げられているのは、2つ。1つは、ガリバルディに関する教理問答(本来はカトリックの教えを問いと答えにまとめたもので、これはそのパロディに当たるわけだが、こういうものが存在していたこと自体が驚きである)
質問は ガリバルディとは誰ですか? 何人のガリバルディがいますか? どこにガリバルディはいますか?(正直なイタリア人のすべての心のなかにいます)などなど。ガリバルディを巡る問いは、カトリックの教理問答 における神を巡る問いによく似ているわけなのだ。
もう1つのエピソードは明治期におけるガリバルディ熱で、三宅雪嶺がガリバルディと西郷隆盛を比較したこと、与謝野鉄幹は「妻をめとらば才長けて」で始まる「人を恋ふる歌」の7番で
妻子を忘れて家をすて
義のため恥をしのぶとや
遠く逃れて腕を摩す
ガリバルヂイや今いかん
こうした巧みな導入に誘われ、ガリバルディを巡る人間模様に引き込まれていく。ガリバルディがシチリアに千人隊で乗り込んだのは、クリスピ(後の首相)らシチリアの民主主義者の要請に応じてであったこと。ガリバルディはマッツィーニの影響を受けた共和主義者だったのだが、かなり早い時点からヴィットリオ・エマヌエーレ2世に忠誠を誓っていること。カヴールは、ガリバルディのカリスマや戦闘能力を評価しながらも、自分の指示に従わない厄介者扱いもしていること。ヴィットリオ・エマヌエーレが宰相カヴールとガリバルディの板挟みになっている面があることなどが、場面、場面に応じて描かれる。
さらにガリバルディが戦術には長けていたが、シチリアの農民の要望には考えを巡らしていなかったことや、彼の女性関係も簡潔だが、ポイントを押さえて叙述される。1860年50代前半の英雄ガリバルディは、18歳の侯爵令嬢と電撃結婚をするが、この令嬢がなかなかの食わせ物だった。晩年、カプレーラ島で彼の身の回りの世話をし、彼の子供を複数宿すフランチェスカと結婚するために、侯爵令嬢との離婚(婚姻無効)を獲得すべく苦労している。
ガリバルディは前述のように明治時代の日本でも注目を浴びたが、ガリバルディ熱は日本に留学していた崔南善(チェナムソン)によって、韓国にまで伝えられている。

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2017年1月26日 (木)

『近代ヨーロッパとキリスト教 カトリシズムの社会史』

『近代ヨーロッパとキリスト教  カトリシズムの社会史』(勁草書房、4500円)を読んでいる。

編者が中野智世、前田更子、渡邊千秋、尾崎修治(敬称略)の4人。この本は、序で中野氏が書いているように、日本では、西欧近代というと宗教の役割は大きく後退したと思いがちであるが、実際に各国でどのように機能したのかを、極めて具体的な事例に即して論述した本である。
特にカトリック信仰が中心に据えられている。つまり、日本では、プロテスタンティズムの誕生とともに、カトリック教会やカトリシズムへの関心が薄れてしまいがちなのだ。
最近の研究では、カトリシズムをナショナル・アイデンティティーを妨げる敵とみなす見方は19世紀的なものであるという見直しが進んでいるとのこと。
つまりカトリックと近代の関わりは無視できないほど重要なのだ。
例えば第1章、前田更子氏の「神のいる学校 19世紀フランスにおける女性教師の養成」では
○1880年代に一連の政策で公教育が世俗化されるまで、宗教的雰囲気に満ちていた
○3共和制以前は、公立校でも「道徳・宗教」は初等学校の筆頭科目で公教要理に加え、聖史や聖歌を習った。
○フランス革命期に閉鎖に追い込まれた女性修道会を復活させたのはナポレオンである。
○1800〜20年にフランスでは二十の女子修道会が認可されている。1820年〜60年には年平均6団体というペースで女子修道会の認可ラッシュが起こる
こういった具体的なデータに基づき公教育の教員のなり手は女子修道会出身者出会ったことが明らかにされるし、またそれは何故だったかが論じられる。
第7章、尾崎修治氏の「世紀転換期ドイツの赤い司祭 H.ブラウンスとカトリック労働運動」では、第一次大戦後のヴァイマル共和国では、労働者の保護、生活保障、権利の拡大が実施されたが、その時の労働大臣ハインリヒ・ブラウンスはカトリックの司祭だった!彼は8年に渡って社会保障制度の確立に取り組んだのである。
 その背景には、ドイツの西部の工業地帯では、工場労働者を支援する赤い司祭が誕生したこと。その誕生の理由として、工場労働者が信仰を喪失するのではという危機感があったことなどが説明される。つまり労働運動を牽引したのは社会民主党だけではなく、カトリック労働運動もあったということなのだ。
 本の中ではブラウンスの生い立ちから丁寧に説き明かされている。
第10章、村上信一郎氏の「マフィアとカトリック 犯罪と悔悛」も興味深い。20世紀半ばのマフィアの活動の性質の変化、1980年代まではカトリック教会の高位聖職者がマフィアの実態を把握しておらず、シチリア的心性と捉えていたことなどが語られる。
 マフィアの基本的な性格が説明され、マフィアのボスが信心深いことが数々の具体例を伴って明らかにされる。シチリアの司祭がマフィアに対する強い指導力を発揮できなかった理由の1つとして村上氏はスペイン・ブルボン朝支配下のシチリア王国やナポリ王国の教会制度をあげている。イタリア語で chiesa ricettizia と呼ばれるが適当な訳語がなく、氏は在地世襲聖職者任命権を受託された教会としており、その本質は私有教会で、地域の有力家族や地域共同体が教会を建立する一方、その家族ないし共同体が司祭の地位を世襲するものだった。
 ここにとりあげたのは、ほんの一部にすぎないが近代以降の西欧社会とカトリック教会・信仰との関係を、さまざまなトピックをとりあげて論じた本であり、貴重な視座を与えてくれるものと思う。

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2017年1月23日 (月)

《ヴェルディのプリマ・ドンナたち》

小畑恒夫著《ヴェルディのプリマ・ドンナたち》(水曜社、3200円)を読んでいる。小畑氏はすでにヴェルディの伝記も書いておられるし、訳書で《評伝ヴェルディ》もあり、また、日本ヴェルディ協会の会報には、もう何年にもわたってヴェルディの手紙を紹介する論考を執筆中である。

今回の《ヴェルディのプリマ・ドンナたち》は、ある意味では、ヴェルディのオペラ全作品の解説集なのだ。改作ものは別として、全26作品が時代順に1章ずつ紹介されている。各作品の紹介は3つのパートからなっている。
1.ヒロインからみたあらすじ紹介。通常のあらすじ紹介とちょっと視点をずらして、厳密にではないが、概ね女主人公の立場からのあらすじになっている。
2.第二のパートでは、作品の背景や原作や、ポイントとなるアリア、二重唱が歌詞つきで紹介される。歌詞は通常のアリアの紹介では冒頭の一行ということが多いが、この本では、6行とか8行とか時には10行以上に渡って日本語訳の歌詞(つまりはリブレットの一部)が数カ所引用され、その見所、聴きどころが、ドラマの展開上の役割と音楽的にどんなことが生じているかが、明快に説明される。
 例えば、《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラの「これを信じるべきなの?信じてもいいの。(中略)。。。あなたは天国から下りていらっしゃったの?それとも私が天国のあなたのそばにいるの?」に対し、「レオノーラの口からはひと言ずつ確かめるように言葉が漏れ、やがてそれは躍動するフレーズになり、ついには最後の2行で大きな跳躍をを伴う力づよいメロディへ発展する。レオノーラのこの歌から始まる5重唱は、形式としては『大きな驚きの後に来る静止した重唱」の系譜を引くが。。。」といった具合である。
3。第三のパートは、初演の時ヒロインのパートを歌った(創唱した)女性歌手についてだ。彼女がどんな履歴を持っているのか、ヴェルディとどういう関わりがあり、ヴェルディはその歌手のどんな特質を評価していたのか、などなど。
3つのパートから作品を立体的に捉えることが出来る構成となっているが、作品の勘どころの解説は音楽とストーリー展開がどう絡むのかを実に的確に教えてくれる。
ちなみにヴェルディのオペラ全作品の解説本は、永竹由幸氏によるものと、高崎保男氏によるものがある。ヴェルディの演奏を様々な歌手、様々な指揮者で楽しむのと同様に、ヴェルディのオペラを3者3様の解説で楽しむことをおすすめしたい。
 
 

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2016年11月 1日 (火)

《ドン・パスクワーレ》

ドニゼッティのオペラ《ドン・パスクワーレ》を観た(琵琶湖ホール)。

沼尻竜典指揮(敬称略、以下同様)、日本センチュリー交響楽団。タイトルロールは牧野正人。医師マラテスタ須藤慎吾, ノリーナ砂川涼子、エルネストはアントニーノ・シラグーザ。砂川涼子はコミカルだったり、ずる賢かったり、ちょっと意地悪だったりするノリーナを巧みに演じ、歌いこなしていた。シラグーザは別格の歌。

《ドン・パスクワーレ》というのはかなり妙な曲想のオペラである。一応はオペラ・ブッファに分類できるのだが、ブッファというにしては哀愁にみちた曲、シリアスな曲想が相当に多いのである。また、ストーリ的にも、従来のお金または権力をもった年寄りを若者カップルが出し抜くというパターンを踏襲しながらも、終わり方があまりに唐突で、しかも年寄りに対する説教が長々続き、終わり方がカラっとしないのである。

同じ作曲家の《愛の妙薬》と比べると好対照をなしていると思う。ネモリーノにも「人知れぬ涙」という哀愁を帯びた曲があるがこれはオペラ全体の後半に出てくる。前半はひたすら明るいのだ。しかし《ドン・パスクワーレ》のエルネストは最初から、ノリーナと別れねばならないと嘆くのだが、その嘆きにコミカルな要素は全くない。あるいは、なんとか今の境遇を跳ね返す策略を思いつくぞといった意気込みもないのだ。オペラ・ブッファとしては妙な曲想なのである。

エルネストだけではなく、ドン・パスクワーレの歌もそうだ。彼が結婚したいと思い、友人の医師に紹介される娘は実はノリーナなのだが、医師マラテスタは自分の妹で修道院にいた世間知らずの無垢な娘だと言って紹介し、ドン・パスクワーレはそれをすっかり信じ込む。といった具合なので、ドン・パスクワーレがたとえば《セビリアの理髪師》のドン・バルトロみたいにやっつけてやれ、という存在になりきっていないし、実際に、ノリーナに平手打ちをくらったあとのドン・パスクワーレには観客の同情が集まるようなしんみりとした音楽が流れる。

むろん、これはドニゼッティがそういう類の音楽をわざわざ選んでいるのである。そういったわけで、このオペラは単に歌うということに技巧を要するだけでなく、人物造形をどうするか、という演技や性格・表情の歌いわけの課題が歌手にのしかかる。指揮もそうである。全体をどうとらえるかがとてもやっかいだ。

こうした独自性の強い複雑な性格のオペラを実演で観られてよかった。その経験を基準に、過去のCDやDVDを観ると、さまざまな役作り、表情づくりがあることがよくわかった。

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レザール・フロリサン、《イタリアの庭でー愛のアカデミア》

ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサンの演奏会を聴いた(サントリーホール)。

演奏団体と曲目の関係が少しややこしいので簡単に説明しておこう。レザール・フロリサンは、指揮者クリスティが1979年に設立した声楽と器楽のアンサンブルである。
今回の上演演目は《イタリアの庭でー愛のアカデミア》と名付けられているが、特定の作曲家が作った単独の曲ではない。初期バロック(アドリアーノ・パンキエーリ、オラツィオ・ヴェッキ)からストラデッラ、そしてヘンデル、ヴィヴァルディ、そしてチマローザ、ハイドンへと至る一種のアンソロジーなのだが、そこに共通のテーマを一本走らせている。それが愛なのだが、愛のアカデミアとは何か。
オラツィオ・ヴェッキの曲が「シエナの夜会」という曲なのだが、シエナのアカデミア(知識人のクラブのようなもの)の集まりのために書かれ、デンマーク王クリスティアン4世に献呈された。
各作曲家の歌の歌詞は、愛の学校という性格を持つものと、叙事詩『オルランド・フリオーソ(狂えるオルランド)』に関わるものがよりあわさっている。オルランドも愛のためにおかしくなるのだから愛のテーマの変奏とも言えるのだが。
以上の説明からおわかりのように、もともとは独立した別々の曲を演奏者が関連付けるように編集して連続的に演奏しているのである。セミ・ステージの形式で、舞台には2つの階段のついたブロックがあり、そこを歌手が登ったり降りたり、腰掛けたりすることで登場人物的なニュアンスを醸し出していた。
愛のテーマが様々に繰り広げられるのも興味深いが、バロック音楽からチマローザやハイドンになると音楽の表情が変わるのも如実にわかって面白かった。そういう意味では音楽史を実感的に学ばせるプログラムとも言える。
楽しい愛の学校であった。

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ジャパン・オルフェオ

《ジャパン・オルフェオ》を観た(池袋・東京芸術劇場)。

これは不思議な作品である。モンテヴェルディのオペラ《オルフェオ》が本体なのだが、途中のところどころに雅楽や日本舞踊や能楽が挿入される。通常のオペラでこの類のことをやったならキッチュな感じはまぬがれないだろうが、このオペラではかなりの説得力を持っていたと思う。
というのも《オルフェオ》は、妻エウリディーチェが死んだのを嘆き悲しんだオルフェオが冥府を訪ねていく物語であるからだ。この世とあの世の中間地帯に行くときに雅楽が出てくるとこれまでの地上の音楽とがらっと変わるわけだが、この場合は地上の世界から異界(冥府)に赴く中間段階を表すしているのでまさに異界への入り口という説得力を持ちうるのだ。
日本舞踊や能役者の存在も同様で、通常の西洋的な人物の隣に着物姿の人物が出てきたら相当に違和感があると思うが、異界に赴いた人物として、あるいはバッコスの巫女としてならばそもそも通常の人物とは異なるわけだから、受け入れられるのだ。
歌手はオルフェオがバリトンのヴィットリオ・プラート。エウリディーチェは阿部早希子。音楽、希望はジェンマ・ベルタニョッリ。《オルフェオ》には登場人物として音楽や希望といったイデア的な人物が登場するのである。カロンテおよびプルトーネはウーゴ・グァリアルド。使者およびプロセスピナは、フランチェスカ・ロンバルディ・マッズッリで、女性陣は実に見事であった。ないものねだりだが、彼女らのような女性歌手が《エリオガバロ》においても歌ってくれたならと思わずにはいられなかった。
オルフェオは結局、冥府からの帰り道に振り向いてエウリディーチェを見てしまったために地上に一人寂しく帰ってくるのだが、ギリシア神話では彼は巫女たちに引き裂かれ死ぬ。オルフェオのリブレットにもそうあるのだが、その最後の部分にはモンテヴェルディは曲をつけていない。今回はそこに沼尻竜典氏が曲を付して女性合唱(アカペラ)で演奏された。これも興味深い試みであった。
アーロン・カルペネ指揮のオケも少人数だがレベルが高く、音楽的満足度の高い上演だった。休憩後から皇后様御来席であった。

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《トスカ》

プッチーニの《トスカ》を観た(パリ、バスティーユ)。

前項に記したように、パリのオペラ座には2つの劇場があって、バスティーユはあのフランス革命のバスティーユ監獄の跡地に建設され革命200年の1987に開場した劇場である。
20世紀後半の新しい劇場らしく中の雰囲気は、どこか空港のロビーを思わせる雰囲気だ。現代的。
トスカは、ハルテロス。カヴァラドッシがアルバレス。スカルピアがターフェル。演出は割合オーソドックスだったが、最後の場面がサンタンジェロ城ではなくて、郊外の野原のような場所になっていた。
カヴァラドッシを拷問する場面で、途中でトスカが「歌に生き、恋に生き」を歌っている間、部屋に相当する空間が壁に仕切られていて、その後ろをぐるっとまわってくるのはなかなか良い工夫だと思った。トスカの歌の間、スカルピアは手持ち無沙汰なのだから。
ハルテロスは声はとても通るしきれい。アルバレスも滑らかさもあるし、表情づけも見事だし、今本当に油がのりきっているのだと思う。ターフェルもいやらしい役柄を演じきっていた。
アルバレスはこの美声を通常のレパートリーだけでなく、意欲的なプログラムにもチャレンジしてくれればと思った。
指揮はエッティンガーで、テクスチャーの見通せる音作りだった。

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《エリオガバロ》

カヴァッリのオペラ《エリオガバロ》を観た(パリ、オペラ座ガルニエ)。

パリのオペラ座は2箇所あって、昔からオペラ座と言われていた方は、建築家の名をとってガルニエといい、新しい方は場所からバスティーユという。プログラムを見ると、演目名が並んでいて例えば《エリオガバロ》はガルニエで上演するが、《トスカ》はバスティーユで上演という具合だ。
オペラ座(ガルニエ)はナポレオン3世の時に建築が決定されたもので、建物はモニュメンタルに大きく、中は金ぴかというか絢爛豪華である。フォアイエも広い。
しかし、観客席はさほど多くはない感じだ。僕はたまたま指揮者の真後ろの席、補助席に座った。そのせいで、係りの人が指揮者の楽譜を持ってきた譜面が見えたのだが、バロックオペラでは珍しいことではないようだが、スコアと言ってもほとんどピアノ譜のようなもので、2、3段しかない。楽器の指定もない。
チェンバロが3台いて、リュートを弾く人が3人いた。リュートは向かって左に1人、右に2人なのだが、ちょっと複雑である。左の人は楽器を変えずリュートだけを引いていたのだが、右の2人はギターとリュートとテオルボ(大きなリュート)を何度も持ち替えていた。他にヴィオラ・ダ・ガンバもいて、この通奏低音奏者たちは指揮者に近いところをぐるっと囲んでいた。やや左奥に、ヴァイオリン。右奥にトランペット、その他の管楽器がいた。
もっと離れた席ではどう聞こえたのかわからないが、リュートがステレオで微妙にずれて聞こえてくるのは不思議な感じだった。彼ら(2人男で1人女)は細かいパッセージを奏でているが、直接楽譜にかかれているものではないのは、通奏低音の通例と言っても良いだろう。
指揮者が立っている時は譜面が見えないので確認はできなかったが、おそらくはあるメロディをヴァイオリンが弾いたり、管楽器が奏でたりするがその楽器指定は楽譜にあるのではなく、今回の楽譜を編纂した人、あるいは指揮者、あるいは奏者が選んだものではないかと思う。バロックの時代にはそれが通例だったようである。
カヴァッリの音楽は、モンテヴェルディ(カヴァッリはモンテヴェルディが楽長のもとでオルガニストを勤めていた)と比較すると、メロディが平らかで音楽の表情が穏やかで、どちらかというと旋律ラインをおぼえにくい。
演出は演劇やロックの演出をこれまでしてきたトマス・ジョリー。服装や舞台装置は蓋然的にローマ時代ということで違和感はなかったしレーザー光線の使用もなるほどというものだったが、レーザー光線の難点は、強い光なので目がくらんでしまいたとえばファジョーリの顔に金色の彩色がほどこされていたことが見えなくなってしまう、気がつかないということだ。あとでネットで画像を観て気がついたのである。ぼくの座席は一度目は最前列、二度目も10列以内だったから舞台から遠くはないので、遠いからではなく、まぶしい光のせいであったと思う。
歌手はタイトル・ロールがフランコ・ファジョリ。堂々たる舞台姿と歌であるが、曲自体にもっと超絶技巧を求める箇所があったらなどとないものねだりをしたくなる。アレッサンドロがポール・グリーヴズ。彼は、感情をこめて歌おうとする姿勢は悪くないのだが、時々音程が怪しいのがたまにキズ。ジュリアーノがサバドゥス。カウンターテナーで声量は大きくないがきれいな声で歌の様式にあう。それと対照的なのが女性歌手陣で、カウンターテナーと比較すると声は大きいのだが、歌の様式観に欠けるうらみがあるのだが、生身の女性が情感豊かに歌うと瞬間的にはカウンターテナーの歌を圧する感じになってしまうのだ。
今回の上演ではカウンターテナーは2人であったが、4人くらいカウンターテナーの方がよかったのではとも思えた。つまり女性役もカウンターテナーで歌の様式をそろえた方がよかったと思えた。女性歌手であれば、もう少しファジョーリやサバドゥスの歌と調和するような歌い方の歌手ならば、とも思ったが贅沢な要求かもしれない。
また、ガルニエの特性かもしれないが、歌手の声の反射音が聞こえず、すっと吸い込まれるようでカウンターテナーにとってはつらい劇場だろうと推察した。
しかしながら、メジャーな劇場では上演がまれなカヴァッリのオペラをシーズンのオープニングに持ってきたオペラ座の快挙は賞賛さるべきだと思う。ヨーロッパでは、ここまでバロック・オペラがオペラファンに浸透してきたのだとも言える。日本でも、来日歌劇場の演目、新国立の演目に変化が起こってもよいのではないだろうか。
 
 

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2016年9月15日 (木)

《セビリアの理髪師》

ロッシーニのオペラ《セビリアの理髪師》を観た(ロイヤル・オペラ・ハウス)

指揮はヘンリク・ナナシ。キビキビした指揮だが、オケや歌手がついてこない時がある。そこから推測できるかもしれないが、二重唱、三重唱は、よく言えば、演劇性に重きを置いており、音楽的にアンサンブルの妙を聞くことはやや難しい状況だった。
アルマヴィーヴァ伯爵は、ハビエル・カマレーナ。終幕の長大なアリアも含め健闘。ロジーナはダニエラ・マックという人でこの人はとても個性的な声。普段のフレーズからものすごくビブラートがかかる。力強い声が上から下まで出ることは出るのだが。
フィガロは、ヴィート・プリアンテ。彼は歌に様式感もあって、伸びやかな声を聞かせていた。バルトロのホセ・ファルディラは、レチタティーヴォがとてもうまい。言葉もはっきり聞き取れるし、感情表現もこちらに的確に伝わる。演技もなかなかのものであった。
こちらも、重唱が今一歩。第一幕のフィナーレでも、人数が多くなっても、アンサンブルが整いつつ綱渡りする感じがスリリングなのであって、アンサンブルが成り立っていなければ、極端に言えばガチャガチャするだけだ。テンポ感、様式感がそろうことも必要だろう。フィオリトゥーラの転がし方は昔より上手くなったわけだが、アンサンブルは。。。といったところで無い物ねだりなのだろうか。

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《ノルマ》

ベッリーニのオペラ《ノルマ》を観た(ロイヤル・オペラ・ハウス)。

シーズン開幕日であるが、タキシード姿は本当に稀だ。ノーネクタイの人も結構いるという具合で、女性はワンピースが多いとはいえ、ロングドレスが多いというほどでもない。
指揮はパッパーノ。平土間からだと、彼の指揮ぶりは見えない。タイトルロールはソーニャ・ヨンチェヴァ。綺麗な発声を心がけている(ベッリーニのメロディはとりわけそれを要求していると言えるだろう)のは良いのだが、息継ぎが目立つ。誰でも息継ぎはするわけであるが、フレージングの関係で、息継ぎが気にならず、音楽の流れが途切れないと感じる場合と、ここで切れてしまうと感じる場合があって、彼女は後者の場合が時々あった。
おん
アダルジーザはソニア・ガナッシで、発音が聞き取りやすいし、表情付けに幅がある。ベッリーニが難しいと思うのは、シームレスなメロディがずうっと続くかと思えば、ドラマには大きな起伏があり、生死をかけた決断を登場人物はするわけで、表情に劇的な振幅が欲しいわけである。
ノルマを裏切り、アダルジーザに走るローマ人ポッリオーネは、カッレーヤ。とても上質な声である。
惜しかったのは、彼らの二重唱、三重唱で音楽から期待される盛り上がり、アンサンブルの絶妙さがそこそこにとどまったことだ。ベルカントオペラの不思議で、3連符で踊るように舞い上がっていくフレーズがある。気持ちがふわっと、あるいはカーッとなって通常の状態から、一段も二段も高ぶった状態へと移行する。そこでテンポや歌の表情がどう変わるのか、変わりつつアンサンブルがどうバランスを崩さないかが見所、聞きどころなわけだ。アンサンブルはやはり練るには時間がかかるのだろう。
演出はなかなか興味ふかいもので、異教の司祭であるノルマが取り仕切る儀式は、明らかに、スペインの復活祭の行列や、サンチャゴ・デ・コンポステッラへの巡礼者が受けるボッタフメイロ(巨大な香炉)を揺らす儀式が模されていた。森に見える装置は、十字架、磔刑像の集合なのだった。こうして聖なる儀式を司る人達なのだということは理解できるようになっていた。時代は、ポッリオーネが背広で出てくる点からも現代あるいは現代に近い時代なのだ。
久しぶりに《ノルマ》を見て、フェリーチェ・ロマー二はずいぶん凝った言い回しをしていると思った。ベッリーニがそれを要求しているのでもあろうが。また、この作品が、発展的な形でヴェルディの《トロヴァトーレ》につながっていく箇所を何度も見出した。ヴェルディを聞いた後では、ベッリーニがエレガントに聞こえてしまう傾向はあるが、しかし、熱いドラマを内包しておりそれをどう歌手、オケが表現するか、が問われる作品だと強く思った。

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2016年9月14日 (水)

イングランド銀行博物館

イングランド銀行博物館に行った(ロンドン)。

この博物館は、イングランド銀行に接するようにある。子供にも大人にも中央銀行の果たす役割の理解を助けるいろいろな仕組みがある。はっきりここで述べられているのは、イングランド銀行はインフレ2%を目指していること。日銀の黒田総裁と同じなんだなあと感慨を持ったが、ただし異なるのは、何年間でというタームを決めているわけではないことだ。
イングランド銀行が18世紀前半にできた経緯や、金本位制(だった)のことや、ビデオやアニメもあって理解を助けてくれる。また、イングランド銀行が発行してきた金貨、銀貨やお札も展示されている。
18世紀といえばヘンデルなのだが、実はヘンデルはイングランド銀行に投資していたのだ。ヘンデルの銀行との関わりも1つの展示ケースを設けて解説がしてある。思えば、ヘンデルもロンドンでオペラを作って興行していたわけだが、現在では傑作と言われているものが、必ずしも興行として当たったわけではなく、当たったり、当たらなかったりなのだ。王からは年金をもらっていたものの、老後に備えて?投資をしていたのだろう(ヘンデルには妻子がいなかった)。ヘンデルのオペラ興行のあたりはずれは、ホグウッドの書いた伝記に詳しいが、イングランド銀行への投資はある研究会の報告で知った。感謝。

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