2019年9月 4日 (水)

チェスティのオペラ《ラ・ドリ》

チェスティ作曲のオペラ《ラ・ドーリ》を観た(インスブルック、州立大劇場)。

 

ピエトロ・アントニオ・チェスティ(16231669)のオペラ《ラ・ドーリ》は今回数百年の時を隔てて蘇演されたのであり(今回の上演は2回で、著者が見たのは2回目の8月26日の上演である)、作曲家、リブレッティスタ、作品、上演について数回に分けてやや詳しく紹介したいと思う。

というのも、今回初めて作曲家チェスティのオペラの上演に接してみて、曲として非常に楽しめたし、リブレットのストーリー展開も複雑かつ興味深かったし、上演の質も極めて高く、稀に味わう満足感を得たからだ。

作品名は正式には《La Dori o’ vero La schiava fedele》(ドーリまたは忠実な奴隷)という題名だ(editionによって別のタイトルもある)。チェスティは決してよく知られた作曲家とは言えないだろうが、モンテヴェルディやカヴァッリ(16021676)の次の世代の作曲家である。今回の上演を観て、聞いて、彼の音楽が随分とメロディーの喜びに満ちていることを知った。カヴァッリと比較して二重唱やアリアの際に、メロディーラインがくっきりしている。プログラムの解説にはメロディーの結晶化という意味の言葉があり大いに納得した。レチタティーヴォの部分ではモンテヴェルディやカヴァッリを想起させられることがしばしばあったのだがアリアや二重唱になるとむしろヘンデルやヴィヴァルディらを先取りしている感じなのである。

リブレッティスタはジョヴァンニ・フィリッポ・アポッローニ(c.1620—1688)。この作品が作られた時期、チェスティはインスブルック(ハプスブルクの宮廷があった)の宮廷作曲家であり、アポッローニは宮廷詩人であった。二人ともアレッツォの出身で、かつフィレンツェで同じグループに所属して活動していた時期があり、チェスティの引き、あるいは彼らのパトロンであったジャン・カルロ・デ・メディチの推薦によって、インスブルックの宮廷詩人となった。

《ラ・ドーリ》のあらすじは続きで。

 

 

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2019年8月29日 (木)

《タンホイザー》

ワーグナーのオペラ《タンホイザー》を観た(バイロイト祝祭劇場)。

指揮者ゲルギエフ。演出はトビアス・クラッツァー。読み替え演出で、これほどピンときたものは珍しい。つまり演出が非常に面白かった。そのことによって超多忙ゆえに、練習時間不足の令名高いゲルギエフの細部のアラ(具体的には合唱とオケのちぐはぐなど)がさほど気にならなかったと言える。

ゲルギエフの指揮も、クラッツァーの演出も、鮮やかといえば鮮やかで、あざといと言えばあざといもので、それが現代においてワーグナーを上演するということの意義を鮮やかに照らし出しているのだった。

序曲の部分で、サーカスの一団のような連中(実はウェーヌスと小人のオスカー(ブリキの太鼓)と黒人のドラーグ・クイーンとピエロの格好をしたタンホイザー)が風がわりなトラックに乗ってドイツの森を疾走しているのだがガス欠になり、ドライブインで無銭飲食をし、警備員を轢き殺してしまう。タンホイザーはショックを受けこの一味から離脱しようかと悩む、という感じ。

ウェーヌスのエロスが一人の女性歌手ではなく、エレナ・ツィトコーヴァ演じる生身の女性のウェーヌスと黒人で女装したドラーグ・クイーンのガトー・ショコラ(これが彼・彼女の芸名)と異界性を帯びた小人のオスカーに分散して表象されている。第一幕が終わった後の長い休憩時間にもパーフォーマンスは野外の庭(池のほとり)で続き、ガトー・ショコラが中心になって、ウェーヌス、オスカーと歌と踊りのショーを繰り広げるのだった。その部分は一般市民にも公開。

二幕になると舞台が上下に区切られていて、上はスクリーン、下が歌合戦の行われる(演じられる)舞台で、歌合戦は一幕からすれば意外なほどまともな衣装、まともに進行するのだが、上のスクリーンは楽屋からの視点で、歌手の楽屋での様子や舞台に出る瞬間や、様々なキューが出される現場を見せ続けている。タンホイザーの世界が芝居ごとなのだ(それは言われなくても分かっているわけだが)という点を強調しているのだろう。しかし最終的にはそこに第一幕のウェーヌス、ガトーショコラ、オスカーが闖入する。その部分は彼らがバイロイト祝祭劇場が上演中のため外部の者が入れないようになっているのに無理やりハシゴをかけてさらに楽屋口から舞台に出てくる様子が映し出される。

クラッツァーが上手いのは、彼らの動きと音楽の進行の合わせ方で、楽想が変化したり転調したりする部分を巧みに利用しているので本来リブレットにない人物、ない動きが違和感がない。むしろ自然でぴったり合っていると思える箇所が多い。                                                               

 第三幕は例のトラックがドアも取れボロボロになっているどこともつかぬ野原。オスカーがスープのようなものを飯盒で作っているところへ、エリーザベトがやってくる。読み替えが最も強烈なのは第三幕だ。もちろん、序曲からの仕掛けがあってのことだが。エリーザベトはオスカーからスープをもらう。その後、エリーザベトを慕うヴォルフラムがやってくる。エリーザベトが倒れているのを見て、ヴォルフラムはタンホイザーが着ていた道化服をきてエリザベスを元気づける。エリザベスが熱く接吻をした後、ヴォルフラムは自責の念を感じたのかカツラをとって自分がタンホイザーではなくヴォルフラムであることを明かすが、エリーザベトは自らヴォルフラムにカツラをかぶせ、トラックの後部座席に引っ張り込みセックスらしき行為に及ぶ。これは従来のエリーザベト像を全く覆す読みである。清らかでタンホイザーのために自己犠牲するエリーザベトだったはず。この変化はなぜ生じたのか?筆者の解釈(無論、絶対的なものだとか、他の解釈がありえないというつもりは毛頭ありません)はこうだ。現代の欲望(エロスにおいても物欲においても)の世界に迷い込んだエリーザベトはオスカーのスープを飲むことで決定的に現代社会の欲望に染まり・汚染され、清らかさを失い、欲望に支配されるようになる。あるいは抑圧されていたおのれの欲望を自覚するようになる。その結果、自分をじっと慕ってくれていたヴォルフラムの好意に応じ、肉体の喜びに進んだのではないか。この女性像の変更は、相当に挑発的で、刺激的であると思う。というのも、エリーザベトの清らかさはイメージとして聖母マリアと重ね合わされおり、この変更はその重ね合わせに大きな亀裂、不協和音を生じさせるからだ。ウェーヌスも第二幕で、儀式的儀式的場面で、皆と一緒に儀式的行為をすることに非常な違和感があるということを身振りで表現していた。

 しかし、現代において、欲望の象徴のウェーヌスと貞潔の象徴のエリーザベトを揺れ動くタンホイザーをストレートに描いても、時代遅れというか、ピンとこない恐れが濃厚なのに対し、今回の演出では現代のロードムービー的要素やLGBTQ的な要素を取り込み、現代におけるエロス、欲望の意味を根源的に問うと同時に、そもそもワーグナーの相対化、バイロイト祝祭劇場およびそこに巡礼する人々への痛烈な批判的眼差しを露出させたものになっている。こういう演出をする演出家も大したものだし、またこれだけサーカスティックに扱われても多少のブーイングはあれど圧倒的に支持の多い拍手の嵐を浴びせる観客層も懐が浅くないと感じた。

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《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を観た。(バイロイト)

指揮はフィリップ・ジョルダン。クラウス・フローリアン・フォークトがヴァルター。彼はほぼ50歳だが驚異的に滑らかで大音量の高音が出る。表情・演技もある。良い意味での怪物だ。

この日はベックメッサー役が病気のため、マルティン・ガントナーが代役を勤めた。

この長大な曲はやはり、前奏曲にエッセンスが詰まっていて、その様々な主題が分散して、展開して、繰り返されていく。その前奏曲および枝分かれ部分がもっとも重要な部分であり、飽くことなく繰り返されていくわけだが、時たま、ヴァルターがアリア風の歌を歌ったりもする。

演出はバリー・コスキーで、ベックメッサーのユダヤ性を強調していて、彼がやっつけられる場面でまるで殺されたかのような動きがあった後、天井から巨大なベックメッサーの風船ハリボテが降りてきて、頭にははっきりとユダヤの印(ダヴィデの星)の帽子をかぶっていた。原作のリブレットでは明示されておらず、論争の種にもなるベックメッサーのユダヤ性が強調され、彼を排除することでかえって彼の亡霊に支配あるいは取り憑かれている感じを出していたのかもしれない。儀式で祈るような場面でもベックメッサーだけが祈りのポーズをとらず、周りから強要されて渋々応じる様も演じられていた。

第三幕では舞台が第二次大戦後のニュルンベルク裁判と重ね合わせられていたのもベックメッサーの呪いの表れの1つと言えるだろう。しかし、登場人物の衣装は中世風で壮麗であった。

休憩2回それぞれ1時間なので、4時始まりで10時半過ぎまで。体力勝負である。

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2019年8月23日 (金)

マクシミリアン1世時代の音楽

Maximilians Lieb und Leid と題されたマクシミリアン1世の宮廷あるいはその時代に活躍した作曲家の音楽を聴いた(宮廷教会および民族博物館の中庭)。

マクシミリアン(時代の)愛と悲しみ、とでもいうのが音楽界のタイトルなのだろうが、当然、Lieb Leid で頭韻を踏んでいるし、Leid の文字を並べ替えればLied (リート、歌曲) となるので、言葉遊びが仕掛けられているタイトルであると思う。

扱われる作曲家は

Heinrich Isaac(1450-1517)

Paul Hofhaimer (1459-1537)

Ludwig Senfl(1486-1543)

Costanzo Festa(1490-1545)

Josquin Des prez (um1455-1521)

Francesco da Milano(1497-1543)

Mabriano de Orto (1460-1529) などなど。

ジョスカン・デプレ以外は、ああこの人、とか前に聞いたことがあるといった記憶がない。たまたまFMなどの放送で聞いたことはあったかもしれないが、この人というくっきりとした形を帯びていない。実際、曲を聴いてみても、この時代の曲だなあ、ということはあるのだが、特定化してこの曲という記憶が蘇ってきた曲はなかった。

音楽会は一部と二部に分かれていて(間に小休憩、そこでワインとパンが振舞われていた)第一部は宮廷教会の内部、第二部は、宮廷教会に隣接した今は民族博物館となっている建物の中庭(寒かったです、夜9時過ぎていたので)に場所を移した。筆者はぼうっとしていて薄着で出かけてしまったのだが、周りの人はしっかりパーカーなどの防寒具を用意して着込んでいた。服装としてはこちらとしてはありがたいことに、かなりカジュアルである。

演奏会場が移った意味はあって、第一部は聖母マリアに祈る歌だったり宗教曲が多く、それに対し第二部は世俗曲がほとんどだったように思う(断言できなくて恐縮です)。

演奏団体はEnsemble Vivanteといい、ホームページを見てみると、メンバーは6人なのだが、この日の演奏会ではその内5人と他のゲストが2人の7人で演奏していた。特徴的なのは、オリジナルの6人の場合であれ、この日の演奏会であれ、テノールが2人いること。彼らのホームページによれば、テノール2人という形は、17世紀イタリアで流行って、宗教曲・世俗曲双方に用いられたとのことだが、今回のプログラムは16世紀のドイツ語圏でさらに早い時期からこの形が用いられていたことを示すことになるうのだろうか。この日のプログラム時たま楽器だけの曲もあったが、ほとんどがテノール1人または2人と楽器であった。テノールはErik Leidal Tore Tom Denys. リュートがDavid Bergmuller(uウムラウトです)、チェンバロとオルガンがAnne Marie Dragosits で彼女がこのグループの音楽監督でもある。ヴィオラ・ダ・ガンバとギターがDaniel Pilz, ハープとフルートがReinhild Waldek, ツィンク(角笛のような形)とフルートがMatthijs Lunenburg で彼はゲスト奏者。

作曲家で言えばHeinrich Isaac はオランダ出身だがフィレンツェに長くおり、のちにマクシミリアンに雇われている。

Paul Hofhaimer はザルツブルク近郊で生まれ、オルガニスト・作曲家として有名で、当時、ドイツ語圏以外にまで知られた作曲家はIsaac Hofhaimer のみであったという。彼もまたマクシミリアンに雇われた。

Ludwig Senfl の場合なかなか複雑な生涯だ。おそらくはバーゼルに生まれ、チューリヒに育ち、Isaac の弟子となり、やはりマクシミリアンに雇われる。Isaacの死とともに宮廷作曲家となるが、マクシミリアンの死により失職する。その後、求職活動をするが、彼は公的にプロテスタントにはならなかったが、シンパシーを抱いており、ルターとも書簡をやりとりしたのだった。やがて、プロテスタント的傾向を持った人間にも寛容だったミュンヘンで職を得る。

Costanzo Festaは名前から推測されるようにイタリアの作曲家。

Josquin Desprezはフランスの作曲家だが、カスティリオーネやルター が言及しているのは興味深い。

Francesco da Milano はミラノの近郊モンツァで生まれ、ローマ教皇の宮廷に仕えた作曲家。

この時代、思えば、宗教改革をはじめとして激動の時代であったわけで、音楽的にどんな形でそれが反映していたり、それを読み込むことが可能なのか、興味をかきたてられた。しかし、そういうことを抜きにしても、この時代の音楽を6人や7人の演奏家が奏でるのを聞くと、古楽器の繊細な響きと声とで実に精妙な音楽の綾が目の前で編まれていく。また、宮廷教会のオルガンは、ストップを変えると、他の教会のオルガン以上に劇的に音色が変わる(ように思えた)のもまことに印象的であった。

 

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2019年8月22日 (木)

ヘンデルのオペラ《オットーネ》

ヘンデルのオペラ《オットーネ》を観た(インスブルック、Theologische fakultat, Innenhof)。場所としては州立劇場の並びだが、小ホールで客席は1階のみ。人数は270名ほど。オケは20名弱だが、ホールが小ぶりであるので十分に鳴る。このサイズになると、リュートにPAを入れなくても、例えばチェロ1丁とリュートがアリアの伴奏をする際に実に良い音のバランスが出現し、この音のバランスは3階、4階があるホールでは無理があるのだと認識せざるを得ない。

弦楽が休んでいたり、他の楽器に先がけてリュートがパラン・パランと導入フレーズを弾くのは時にとても効果的なのだが、音のバランスが成り立っていなければ、聞こえないか、PAの音を聞くかの選択になってしまうのだ。そういう意味で非常に贅沢な音空間である。

指揮者はファブリツィオ・ヴェントゥーラ。オケはアカデミア・ラ・キメーラ。

楽団員は若い人ばかりに見えた。指揮ぶりは、概ね穏やかで、あまりアタック音を目立たせたりはしないし、ドラマティックに盛り上がる曲想においても疾走することはなく、音は古楽らしいが、曲作りは安全運転な感じである。それはオケの能力ということにも関係していると思われる箇所がいくつかあった。歌手もほぼ若手ばかりで、タイトル・ロールのオットーネがメゾのマリー・セイドラー。テオファーネがマリアミエッレ・ラマガット。ジスモンダがメゾのヴァレンティーナ・シュタットラー。彼女が声の成熟度や表現力において他の歌手より優れていた。アデルベルトがアルベルト・ミゲレス・ロウコ。マティルダがアンヘリカ・モンへ・トッレス。彼女は言葉が明快で、これで声に伸びやかさが加わればと思った。エミレーノのヤニック・デブスはバリトンで舞台姿を含めて声の表現力もなかなかのものだった。大物歌手はいないが、若い歌手の懸命の歌唱を聞くのも悪くない。ここでアジリタがもう少し回ればなどと思うこともあるけれど。

この上演はハレやゲッティンゲンでのヘンデル音楽祭(2020年)との共同プロダクションであるとのこと。演出は簡素な舞台で、奥の壁に窓がいくつかついていて、そこから他の登場人物が歌っている登場人物を盗み見ていることがあるという仕組みだが、不満はなかった。衣装も簡素であった。

 

 

 

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2019年8月21日 (水)

《イドメネオ》

クルレンツィ指揮のモーツァルト作曲のオペラ《イドメネオ》を観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ劇場)。

 この上演は、クルレンツィスのという冠がふさわしい《イドメネオ》であった。演出はピーター・セラーズで賛否半ば。歌手は色々な国籍の人が入り混じっている点に意味があるのかと思った。

主人公イドメネオはアメリカ出身の黒人歌手ラッセル・トマス。アルバーチェは南アフリカ出身の黒人歌手。イダマンテはポーラ・マリヒーというアイルランド出身の女性歌手。イリアはイン・ファンという中国人女性歌手といった具合。誰かが傑出しているというわけではなく、それぞれにそれなりに歌っているという感じ。

 この日のオケはフライブルク・バロック・オーケストラだったが、このオケとクルレンツィスの組み合わせが驚嘆に値するものだった。特に前半(この日の上演は休憩1回で第一部と第二部という感じに区切られている)、今までの《イドメネオ》の演奏でこれほどエクサイティングなものはあったかというほどエクサイティングであったがその理由は後述。ただし、無から有が生じるわけではなく、モーツァルトを古楽器やピリオド楽器で演奏すること自体は、30年ほど前からホグウッドやガーディナーらがやっていることで、ガーディナーの《イドメネオ》のCDは個別の歌手はともかく全体は素晴らしく大いに刺激的かつ溌剌とした演奏である。

 そういった古楽器、ピリオド楽器によるモーツァルト演奏を踏まえつつ、クルレンツィスはやはり独自性を豊かに備えていると思う。

 一つはフレーズの変わり目で一息つくのではなく、前のフレーズと次のフレーズの接続が有機的であったり、音楽的なドラマに満ちて聞こえるのだ。さらに彼の手にかかると、歌手がアリアやレチタティーヴォを歌っているときに、例えばバイオリンが音形的な伴奏をしてもそれが非常に音楽的に表情を持って訴えかけてくるのである。そのため、オーケストレーションがシンプルであってもオケがエスプレッシーヴォなので、歌手の歌がのっぺりしていると食われてしまう。決して音量的にオケが圧倒するというのではない。そうではなくて、音楽的表情がメロディー的なフレーズでなくても豊かに繰り出せるので、声の方もうかうかしてられないのだ。逆に言えば、観客はこのアリアが表出した表情はこういうものだとオーケストラの表情・表現から如実に理解してしまうので、それに歌手がふさわしく歌っているか、という聴き方になってくる。そういう意味で通常の指揮者とやるよりは歌手にとってずっと怖い指揮者だと思うが、やりがいがあるのも疑い無いところ。

論争的な問題を引き起こしそうなのは第二部で、2つ上げておく。1つは、第二部の冒頭に、モーツァルトの作品ではあるが全然別の作品を、登場人物でない歌手に歌わせたこと。《エジプトの王、タモス》k .345からで、バス歌手が

2階の脇のバルコニー状の部分で歌うのだが、これはドイツ語の歌詞なのだ。

作曲時期は近いとは言え、《イドメネオ》は全てイタリア語なので、言語的な違和感、なぜこの曲を挿入するのか、という疑問をクルレンツィスが聴衆に投げかけているのだと言えよう。

  さらにこれはこちらが無知であったのだが、劇の進行が終わって(エレットラが死ぬ)舞台上に倒れているのだが、そこで終わりではなくそこから延々バレエ音楽が流れる。調べてみれば、これはオリジナルにあるのだ。ただし、今回踊っていたのは、東洋風というか手旗信号とからくり人形と太極拳を足して3で割ったようなビミョーな踊りをLemi Ponifasio というコレオグラファー兼ダンサーが演じていたが、モーツァルトのオペラの舞台が古代ギリシアであることを考慮に入れても、全然似つかわしいとは感じられなかった。出演者の出身地がさらにワールドワイドになるという点には貢献していたのだろうけれど。Ponifasio のバレエは足の動きが全くエレガントではなく、こまたでチョコチョコと進むのだ。ふう。ピーター・セラーズにブーを飛ばす人もいますわな。

 全体としては、《イドメネオ》が実によくできた部分、ドラマティックな部分を持った作品であり、また他のオペラ作品にはない過激な要素を持ったオペラなのだということを理解させてくれた。レチタティーヴォはかなりカットされていたようだが、それでも、あるいはそれゆえに第一部は濃密な音楽世界の連続で圧倒された。この濃密な音楽世界はまごうことなくクルレンツィス主導のもので、クネクネとした動きとともにくせになりそうである。

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オペラ〈アルチーナ》

ヘンデルのオペラ《アルチーナ》を観た(ザルツブルク、モーツァルト劇場)。

 

ザルツブルク音楽祭(festspiele なので音楽には限らないし、演劇も上演しているのだが慣例に合わせこう呼んでおく)のメイン会場となる3つの劇場はそびえ立つ岩山に接してあるいは岩山をくり抜いて横並びに並んでいるわけだが、モーツァルト劇場(Hause fur Mozart)は一番舞台の幅が狭く、モーツァルトやバロックに向いていると言って良いだろう。岩が露出しているフェルゼンライトシューレも、舞台の幅は広いのだが客席はさほど大きくないので、バロックや現代物が上演される。

(もちろん例外はある)。

 

今回の《アルチーナ》は、聖霊降臨祭の時にバルトリが中心となってオーガナイズしたプロダクションの再演である。ザルツブルクで催される芸術祭(音楽祭)と言えば夏のものが伝統もあり中心的なものであるが、近年は他のシーズンにも催され、それは厳密に言えば組織体や芸術監督・音楽監督が異なり、バルトリは確か精霊降臨祭の方の音楽監督であったかと思う。。。調べてみると、彼女は2012年に聖霊降臨祭の芸術監督となり、2014年にはその任期が2021年までに延長されたのだった。今回のオケを担当したモンテカルロ歌劇場のオケ(Les Musiciens du Prince-Monaco)も彼女のイニシアティヴで創設されたものである。バルトリはキャリアの初期から独自のレパートリー、新たな音楽シーンを切り開いてきたわけだが、2010年代に入ってからは自分の芸術観を具現化する組織を手に入れ、それを実現していると言えるだろう。プログラムの解説にもある通り、彼女の活動の中心はザルツブルクになってきており、2013年にはノルマ役をここでデビューし、ヨーロッパ各地で歌っている。

さて今回の《アルチーナ》ではタイトル・ロールの魔女アルチーナをチェチリア・バルトリが歌い、彼女の魔術でとらわれの身となったルッジェーロをフィリップ・ジャルスキーが歌う。アルチーナの妹モルガーナは、しみじみとした曲、コミカルな曲があり歌い手にとってお得?な役だと思うがサンドラン・ピオ。バルトリ、ジャルスキーの歌唱レベルが、いや演技も発声も高いレベルにあるので、求める水準が高くなっていることを断った上で言うと、ピオの問題点は言葉、歌詞の言葉が聞き取りにくい点にある。子音がまるまってしまい判別できないのが1つ。もう1つは、曲によるのだが、単語ごとにアクセントをつけて、フレーズとしてのアクセントの位置がわからなくなってしまうことがままあった。ジャンルーカ・カプアーノの指揮とオケは見事に音楽的で歴史的な情報に配慮した演奏が、微塵もカビ臭くないどころか、実に生き生きとしているし、ヘンデルの中でも演奏機会の多い《アルチーナ》では弾き手も聴き手も余裕を持って(いい意味の緊張はある)音楽が進んでいく。

演出はミキエレット。現代服。舞台を2つに区切る大きなスクリーンがあり、そのスクリーンは回転舞台の上に乗っていて、舞台全体を前後に二分していることが多いが、バルトリが老婆(魔女の正体)とそのスクリーンを挟んで向き合ったりする。老婆の他に少女も時々でてきて、これもアルチーナの分身らしい感じ。隣席にいたイタリア人同士が話しているのが漏れ聞こえてきて、少女はアルチーナの魔術の化身(擬人化)と言っているのを聞いてそうかもしれないとも思った。この2人とイタリア人は、休憩時間に延々とリブレットについて語っている。リブレットがイタリア語で書かれているからこそではあろうが、歌手や指揮や演出はそっちのけで、台本について細かいところをここはこういう意味だとか話し込んでいる客を初めて見た。

バルトリに関して個人的に言えば、ギリギリまで叙情性を発揮して観客の感情移入を求める曲よりも、アクロバティックな超絶技巧を披露する方が彼女の本領発揮という感じがする。叙情的な曲では、紙一重のところでやりすぎ感を感じることがなくはない(劇場では満場の大拍手であることを付け加えておかねば不公平であろうけれども)。ジャルスキーの場合は、そこがクールと言えばクールで感情を込めつつ、節度が保たれており、音楽としての形が美しい。叙情的な曲ではほとんどの歌手がテンポが遅くなり、伴奏だけの部分で指揮者がricupero (元のテンポに戻す)してやる必要があり、優れた指揮者はそれをさっとやるのだが、凡庸な指揮者だとそのままテンポがズルズルと遅くなり、曲がだれてしまう。ところがジャルスキーやファジョーリのような音楽性において傑出した歌手になると指揮者がricuperoしてやらなくてもすっと元のテンポに戻れるのである。いずれにせよ、歌手としてはこの2人が傑出していた。ジャルスキーも若いとは言えないし、日の出の勢いという感じでバリバリ歌うというのではなく、最後のircana のアリアでは息継ぎや力の配分がギリギリのところなのだろうと推察された。ついでメリッソを演じたアラステア・マイルズ。声質で魅了されるというよりは言葉がはっきり伝わり、かつ、声の表情にメリハリが効いているので、脇役として場面、場面がピリッとしてくる。

最上階のせいか、リュートやハープの活躍する場面ではPAが目立たないように使用されていたように思う。少年オベルトの歌うところでは使用されておらず、2幕の冒頭でも使われておらずという具合に、PAの使用にオン・オフがあったように思われた(劇場関係者に確認したわけではない)。PAが入ると、リュートの音がはっきり聞こえるのみならず、弦の響きも少し賑やかになるのだ。微妙な差異なので気にならない人には気にならないであろうレベルであった。

指揮・オケ共に技巧も音楽性も卓越し、かつスイングして申し分ない。古楽器奏者、演奏団体の層は着実に厚くなっている。

イタリアの騎士物語の長編詩を基にしたバロック・オペラは今や極上のエンターテイメントとして享受されている。

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2019年8月18日 (日)

レオポルト・モーツァルト展

レオポルト・モーツァルト展を見た(ザルツブルグ、モーツァルトの住居)。

以前にも書いたが、ザルツブルクにはモーツァルトの生家とモーツァルト一家が暮らした家と、劇場なのになぜかHaus fur Mozart と名付けられた劇場があってややこしい。

今回の展覧会はダンスマスターの家をレオポルトが買い取った家で、第二次大戦中に爆撃にあったのを当時の様子を復元した(日本の第一生命が相当の資金協力をした)ものである。少し前までモーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス)の一生や息子の曲を展示してあったが、今は、レオポルトを中心に展示が模様替えしてあり、彼の曲を4曲聴くことができるようにもなっていた。

レオポルトがヴァイオリン教則本の著者であることにちなんで、ヴァイオリンを作る工程を示したヴィデオもあったが、そこで専門家数人のコメントがあったのだが英語字幕がないのが残念だった(ドイツ語で話している)。

レオポルトがザルツブルクの大学を2年目に退学になった(退学になった事情の真相は不明)という書類も展示してあった。以前にレオポルトの伝記的書き物を読んでいたので、これがあの時のと思った次第。レオポルトはアウクスブルク生まれで、製本業者の息子だったので、職人になっていて不思議はなかったのだが、教会の司教に認められて上級学校に行き、さらにはザルツブルクの大学にまで進学したのだった。

レオポルトの考えや経歴を詳しく知るには、伝記あるいはそれに類する書物を読まねばならないであろうが、展覧会に接することでそういう本をひもといてみようかという気になる人もいるかもしれない。

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エネスコのオペラ《オイディプス》

エネスコ作曲のオペラ《オイディプス》を観た(ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ劇場)。

原作はソフォクレスの『オイディプス王』と『コロノスのオイディプス王』でリブレットはユダヤ系フランス人のエドモント・フレーク。オイディプスが生まれてから死ぬまでを描いた作品である。

指揮はインゴ・メッツマッハー。演出はアーヒム・フライヤー。現代オペラで特に思うのだが、原作がギリシア神話やギリシア悲劇で人々に知られたものであると、演出は大胆になれるし、大胆なデフォルメを施しても、聴衆・観衆はドラマの進展について行きやすい。

今回の演出では、登場人物が着ぐるみに近かったり、巨大な人形もどきの中に入って歌っていたりしたし、歌手の位置も、劇場の特性を活かして、後ろの壁(岩壁が窓のようにくりぬかれている)そのくり抜かれた部分にいて(ということは他の登場人物よりずっと高い場所から)歌ったりした。このポジションは予言などの場合にはぴったりした感じになる。

ストーリー的には皆知っているわけだが、やはりオイディプスの話は強烈な要素に充ちているし、音楽もそれに照応するように炸裂する音響がなんども鳴り渡るのだった。

合唱が単なるナレーションという以上に役割を果たしていた。

主要登場人物は演技も歌も大変なエネルギーを要したと思う。

 

 

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オペラ《メデア》

ケルビーニのオペラ《メデア》を観た(ザルツブルク祝祭大劇場)。フランス語上演だったので《メデ(ー)》と言うべきかもしれないが。

ストーリー的には無論、ギリシア悲劇が元になっているが、オペラの台本としては、ピエール・コルネイユの《メデー》(1635)を元に、フランソワ=ブノワ・ホフマンがリブレットを書いたものである。

指揮はヘンゲルブロックでウィーンフィル。ヘンゲルブロックの指揮は総じて早めで、終幕などは相当にテンポを上げて攻め込む感じだったがウィーンフィルはよく応えていた。難を言えば、テンポの速さとバーターになる面もあるかもしれないが音色の変化にはやや乏しい面があった。

演出は、ギリシア悲劇を現代に持ってくるというもので、序曲の間にイアソンとメデアと2人の子供の家庭生活がスクリーンで映し出される。そこへ第三の女性ディルセが現れる。

第一幕はディルセとイアソン(ジャゾーネ)の結婚式がまもないのだが、ディルセはイアソンの前妻が気になっている。ディルセの父クレオン(コリントの王)はメデアがやってくるという情報を得て阻止しようとするがこの日の演出では皆現代服で、メデアの到来を阻止するのは空港でのことなのだった。

第二幕ではネリスという侍女がメデアの2人の子供の面倒を見ている。

第三幕ではディルセが死に、その死をイアソンが嘆くのを見て、メデアは子供を道連れにして死ぬ。

この曲が作曲された1797年という時期を考えると、オケの編成は楽器も含め様々な可能性がありうる曲ではないだろうか。今回のヘンゲルブロックとウィーンフィルは大劇場ということもあり大編成で大音量のオケであった。

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2019年8月16日 (金)

ミュンヘンのユダヤ博物館

ミュンヘンのユダヤ人博物館を見た。市の中心部マリーエン広場から歩いて5分ほど。

ミュンヘンのユダヤ人コミュニティーはさほど大きくはなかったようだ。

13世紀後半には200人程度。

19世紀後半には3500−4000人。

20世紀初めには11,000人に急増するがこれはロシアでのユダヤ人迫害のせいらしい。

博物館は展示が3フロアーあるのだがユダヤ人の歴史については地下の1フロアーのみ。あとの2フロアーはある芸術家の

作品を展示していた。

というわけで数年前に訪れたベルリンのユダヤ博物館とは比較にならないコンパクトさである。そもそも扱っている対象が

ミュンヘンのユダヤ人に限定されていて、ベルリンのそれがドイツのユダヤ人の歴史全体というのと方針が異なっている。

近所にシナゴーグがあったが中には入れなかった。博物館もシナゴーグも明らかに近年の建造物である。

 

 

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2019年6月 4日 (火)

プーランク『人間の声』とメノッティ『電話』

プーランクのオペラ『人間の声』とメノッティのオペラ『電話』を観た(新宿・ガルバホール)。

ガルバホールというのは初体験だったが、小ホール(観客は70から80人くらいだと思う)で、室内の装飾はアールヌーヴォ風で独特の雰囲気を持っている。この日の演奏はピアノ伴奏によるものだったが、ここのホールのピアノはベーゼンドルファーとのこと。

周知のように、2つのオペラはどちらも1幕ものの短いオペラで、プーランクは女性歌手が1人で歌い、メノッティは男女1人ずつだが、ほとんど女性歌手が歌い、男性は合いの手や二重唱をかなでる。そしてどちらも電話がもう一人の登場人物といってもいいくらい重要な役割を果たしている。

プーランクは悲劇で、5年間付き合った男と別れた女性が、その男と最後の電話をしているという設定で、台本はコクトー。もともとコクトーの書いた芝居だったものをプーランクが初演の歌手と協力して少しセリフをカットしてオペラ化したらしい。その女性を演じ、歌ったのは加藤早紀(敬称略、以下同様)、ピアノ伴奏は高瀨さおり。この芝居は、設定からして暗い話ではあるのだが、ところどころコミカルば場面がある。つまり、当時(初演は1959年)の電話は電話交換手がいたし、混線して無関係の人とつながることもあったのだ。だから男と話している最中に全然関係ないマダムとつながったり、男との電話が切れたりまたつながったりする。コクトーはそういった当時の電話の特性をいかして一人芝居を飽きさせないように、また、暗いばかりの話ではなくしている。フランス語での原語上演だったが加藤の発音は明晰で、コクトーらしい短い文章が連なっていくのが心地よかった。無論、必要に応じて情感もたっぷりに演じ歌われた。こういう小ぶりなホールでは音声は響きわたるので、歌手が音量を上げることに注力する要素がへって声の表情に注力できるのでとても贅沢に豊かな音楽経験ができる。

メノッティのオペラ『電話』はコメディだ。ベンという男がルーシーという女に今日こそはプロポーズしようと決意しているのだが、切り出そうとするたびに電話がかかってきて、ルーシーは電話に夢中という話。女性は別府美沙子、男性は野村光洋、ピアノは高瀨さおり。こちらは原作は英語なのだが日本語上演。別府の歌唱は発声もしっかりしているが、日本語がくっきりと聞き取れる。だからコミカルな場面で笑える。会場も何度も笑いにつつまれた。さらに別府は顔の表情がキマるのが素晴らしい。歌唱、演技に様式的な美が生まれる。それが風習喜劇風な台本とマッチするのだ。ついでに言えば、台本は作曲家のメノッティによるものなのだが、見事なものだ。女性が電話に夢中な様子、なかなか電話をきれない様子をうまく捉えカリカチャライズしている。電話優先のルーシーに歯噛みするベンを演じる野村も見事なサポート。彼は両作品の冒頭で作品紹介もしていたが簡潔でわかりやすく、大いに鑑賞者の助けになっていた。ピアノ伴奏も、不条理な感じやとぼけた感じ、プーランク、メノッティの曲想を十全に表現し歌唱をサポートしていた。

プーランクも一時間たらずで、メノッティは30分弱だが、堪能した。オペラは長ければよいというものではない。

 

 

 

 

 

 

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