2020年1月26日 (日)

江村洋著『ハプスブルク家』

江村洋著『ハプスブルク家』(現代新書、1990年)を読んだ。

新書ではあるが、新刊ではない。30年も前に発刊された本である。しかし同じ著者の『ハプスブルク家の女たち』と併せて読むことで、

ハプスブルク家の歴史のあらましと、王や王妃のキャラクターが少しずつ飲み込めてきた。

オペラのことを調べていると、王朝や宮廷が関わっていることは多い。彼らが発注者であったり、作曲家やリブレッティスタが宮廷作曲家や宮廷詩人であることも稀ではないからだ。

例えばモーツァルトに関してはヨーゼフ2世と弟のレオポルト2世が関わっているが、音楽ファンであればヨーゼフ2世に肩入れしたくなる。しかし、この本を読むと、君主としては、ヨーゼフ2世はやや頭でっかちで、世の実情をわきまえずに改革案を出し、反対にあってそれを引っ込めるというようなところがあり、改革の志は挫折するものが多かった。レオポルト2世は兄の後を継ぐ前にトスカナ公国で啓蒙的改革を成し遂げ、オーストリアでも期待されていたのだが、皇帝になって数年で無くなってしまう。

1冊の中に何人もの君主が扱われているので、詳細が語られるわけではないが、江村氏はそれぞれの人柄や個性をくっきりと描き出している。画素数の多い写真が得られない時には、メリハリのきいた似顔絵が意味があるように、まずは、個々の君主の大まかな特徴をつかめるような書物はありがたい。細部に関しては、より詳しい伝記などを読んだ時に修正すればよい。君主の名前が単に記号でずらずらと並んでいるという感じが一番具合が悪いのだ。そうなってしまうと、大量の情報が記されていても、少し時間が経つと、その事件なり政策なりは、どの君主と結びついているのかが全く分からなくなってしまう(単に評者の記憶力が悪いだけかもしれないが)。

印象的だったのはマリア・テレジアや最後の皇帝フランツ・ヨーゼフで、ハプスブルクの皇帝は概ねどちらかといえば質実剛健で、大変に勤勉だ。マリア・テレジアの場合は、自らの即位の際に、オーストリア継承戦争が起こり、プロシアにシュレージエン地方が奪われたことが許せなかった。

20年の間に16人の子供を妊娠・出産しながら第一線で国の改革を指揮し、かつ継承戦争と7年戦争を戦い抜いているのである。決して優美な宮廷生活で贅沢三昧にふけっていたのではない。むしろ息子や娘にも浪費をつつしむように教え諭している。

最後の皇帝フランツ・ヨーゼフは帝国内の12の民族の融和をはかり、極めて勤勉に仕事に励んだのだが、時に利あらず、彼の帝国は崩壊してしまう。

ハプスブルクがある時点までは長子相続ではなく、兄弟で領地を分割していたのを知り、おそらくそれが、なぜチロル公という存在があり、インスブルックにも宮廷があったのかといったことに繋がっているのだと思った。

 

 

 

 

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2020年1月22日 (水)

夢の実現展 と 甦るルネサンスの調べーレオナルドが生きた時代の音楽ー

レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年を記念した東京造形大学の展覧会と音楽会に行ってきた(代官山ヒルサイドフォーラム)。

場所は、代官山ヒルサイドテラスのF棟というところで、もう何十年かぶりに代官山という駅を降りた私は、お洒落なブティックが道の両脇にずらずら並んでいるのと、またその店舗が一般家屋を改装したような建物であることが多いのに目をみはった。代官山ヒルサイドテラスF棟というのも入り口からすぐのところはお店が入っていて、やや中に入ると展示コーナーがあるのだった。いわゆる一般の博物館、美術館ではない。

この展覧会も音楽会も無料なのである。

無料だから来たというわけではないのだが、1月5日から26日までの会期をこの場所を借りて、展示物を準備して、僕は残念ながら聞くことはできなかったがレクチャーやシンポジウムも複数やっている。これを企画、オーガナイズするのも大変なご苦労だと思うが、予算もどこから出たのかと率直に不思議に思う。西洋美術館などでもシンポジウムやレクチャーをやることがあるが、あちらは、1人1人の入場者から千五百円ー二千円くらいの入場料を取っているし、入場者の数も相当数にのぼる。オペラのことを普段から考えていると、文化的な事業というものも、芸術への情熱だけでなく、誰がスポンサーなりパトロンなのか、どうやってビジネスとして成り立つのかといったことも考えざるを得ないし、そういう観点から書かれた論考も少なくはない。

さて、はずは、展覧会を見たのだが、ここにはレオナルドの作品の実物が飾られているわけではない。そうではなくて、色々学術的な考察に基づいて、元々はこんな状態であったろうという状態に戻したものが写真というかデジタル加工して展示されている。例えば「ベルナルド・ベンチの肖像」であると、現存のものは、下3分の1くらいが欠けている。手の部分がないのだが、ここでは様々な資料をもとにどういう風に体の前で手の

ポーズを取っていたかが、これを復元して画像として展示している。モナリザなどもシワがとれており、出来立て、レオナルドの最晩年の状態が復元され展示されている。演奏会の方は、副題にあるようにレオナルドと同時代の作曲家の作品を中心に聞く。中にはレオナルドがつくった歌もあった。ただし、これはレオナルドが作詞に合わせてドレミファを埋め込んでいてそれをもとにメロディを探っていく感じだった。アントネッロの濱田芳通氏のリコーダー(何本かを持ち替えて使っていた)、阿部雅子氏のソプラノ、矢野薫氏のヴァージナルであった。ヴァージナルはレオナルド時代の(復刻?)ものであるとのことだった。演奏会が終わった後で、楽器に近寄ってみると、弦が横に張られているし、鍵盤も4オクターブ半くらいで小ぶりなのだった。

曲目は作者不詳のもの、ハインリッヒ・イザーク、ジョスカン・デ・プレ、クレマン・ジャヌカンなどだが、リコーダーの伴奏はおそらくは即興でかなり装飾音をつけ、リズムやテンポが生き生きとしていた。演奏前に池上英洋氏の解説が、演奏中は濱田氏の解説があり、鑑賞の助けに大いになった。これは酔っ払いの歌です、とか、これはエッチな歌なんですといった具合で、なかなかタイトルだけではそこまではわからないのだった。

 

 

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2020年1月16日 (木)

『ハプスブルク家の女たち』

江村洋著『ハプスブルク家の女たち』(講談社現代新書、1993)を読んだ。

1993年に出た本だからまったく新刊ではない。評者にとってはとても面白かった。

面白かった点を全てあげることはできないが、例えば、ハプスブルクにもイタリア(イタリアという国はなかったが統一前のイタリア半島)からお嫁にきたお妃が何人もいたこと。マクシミリアンの後妻としてミラノのスフォルツァ家からビアンカが来る(ただし、マクシミリアンは最初の妻マリアを愛しており後添えは、まったく政略結婚だった)。最後の皇帝カール1世の妻ツィタもパルマ公女(実際に生まれたのはルッカ郊外だが)で、オーストリア人からは「イタリア女」として煙たがられた。これは第一次大戦中に彼女の兄たちがフランスとオーストリアの和平を戦争中に画策しそれが発覚したことも関係しているという。

また、身分の異なる者同士の貴賎結婚の実例とその対処のされ方もいくつかの例が挙げられている。16世紀前半、皇帝の息子であるフェルディナント大公がアウグスブルクの豪商の娘フィリッピーネと結婚する。結婚は認められたものの、二人の子供達には一切ハプスブルクの相続権は認められないのだった。こういった処置の仕方は範例となって、第一次大戦のきっかけとなった皇太子暗殺事件の時の皇太子夫妻も貴賎結婚で子供たちの相続権を放棄することを宣誓させられている。この場合は夫人はボヘミアの伯爵の娘であり、まったくの庶民ではないのだが、こういう身分の人でも貴賎結婚になるのだと驚いた。

王家だから基本的には政略結婚なのだが、親の思惑通りに結婚しない人もいるのである。

あるいは、著者の女性の描写の言葉に立腹なさる方もいるかもしれないが、この時代では、とか、当時は、という言葉が省略されている。15歳くらいで結婚するのが当たり前の時代だと、20代になると結婚するのが遅めとなるし、結婚して30歳になると。。。さらには50歳で老女という現代女性に対してはありえない表現がある。周知のように年齢の感覚は大きく変化する。昔は日本でも人生50年と言われたのがいまは人生100年である。男の場合でも筆者が大学の時に授業で読んだ、ヘンリー・ジェームズの「50男の日記」という作品では明らかに50男は老人だった。

変われば変わるものだ。

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2020年1月14日 (火)

マスタークラス

「ヘンデル声楽作品の発音と様式を学ぶマスタークラス」を聴講した(神奈川県立音楽堂)。

講師はエルマンノ・アリエンティ氏(イタリア語ディクション)と原雅巳氏(声楽および上演様式)。チェンバロが伊藤明子氏。

7人の声楽家および声楽家志望の人が指導を受けた。会場は神奈川県立音楽堂のホールであった。声量の点では、参加者によって差があり、

人によっては会場全体にパーンと響き渡る見事な声もあった。

 原氏から、今回のマスタークラスでは、ヘンデルのオペラの特にレチタティーヴォに力点をおいて指導することが強調された。歌手あるいは歌手志望の人がレッスンを受ける場合アリア中心になってしまいがちだが、レチタティーヴォが劇の進展の上では劣らず重要だからである。

 実際の指導では、エルマンノ・アリエンティ氏は、受講生にまず、歌詞を朗読させる。そこでまず発音指導をして、それからレチタティーヴォとして発声し、さらに指導するのである。

例えば《リナルド》の Lascia ch'io pianga ではその前のレチタティーヴォの場面では

 1。この言葉を発するアルミレーナは怒っているということを示すように語ること

 2。1行の中では、各単語ごとにアクセントをつけず、1行に2つか3つアクセントをつければよい。

 3。piangere という単語の e が閉口音か開口音かを区別して発音すること

などが指摘、指導された。

 《ジュリオ・チェーザレ》の「父親の殺害に復讐せぬ者は息子ではないーー傷ついた蛇は休むことを知らない」のレチタティーヴォとアリアでは、最初のFiglio non e' というのが強い言葉だということが強調された。言われてみればその通りなのだが、オペラは音楽劇なので、劇としてここがどういう場面であり、登場人物はどういう感情を抱いている(はず)なのかが重要なのである。

 また、どの受講生もなのだが、子音の点では二重子音かそうでないかの区別は繰り返し指摘された。母音ではu が鬼門で、日本語的な(う)では響きが異なり、唇をすぼめて突き出して発音することが求められた。

 《ジュリオ・チェーザレ》のクレオパトラのレチタティーヴォとアリア「たった1日してこのようにーーこの胸に命ありかぎり」ではアリアの冒頭の Piangero' という未来形について、未来形は確固たる意志を示すのであって、〜でしょう、ではないということが強調された。

 原氏からは、レチタティーヴォで休符の長さが4分音符でも8分音符でもその他でもあまりこだわる必要がなく、休符の前後が同じ音ならむしろほとんどあけないで続けて読むこともあるとの指摘があった。あまり休符を意識しすぎると、音楽も、言葉の流れもブツ切れになってしまってよろしくないのである。

 こういったマスタークラスは、大変興味ふかいものだったが、前日のレクチャーコンサートよりも見学者は少ないのだった。勿体無いことである。

 

 

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ヘンデル『リナルド』

ヘンデルのオペラ『リナルド』を観た(北とぴあ)。

仕事が片付くかどうか見通しが立たなかったために行こうかどうしようかとうじうじしていてギリギリ間に合って、当日券を入手して観た。

寺神戸亮の弾き振りで、オケはレ・ボレアード。評者が個人的にもっとも感銘を受けたのは、レ・ボレアードの合奏能力の高さ、寺神戸氏の指揮ぶりの巧みさだった。

カールスルーエなどでヘンデル音楽祭があり、そこでは古楽器(ピリオド楽器)のオーケストラの演奏を聴いてきたが、まったく遜色ない。それどころか、木管楽器などの早いフレーズなどはレ・ボレアードのヴィルトゥオジタは諸外国のオケを凌駕しているとさえ思える。以前には彼らがフランスものをやったのを聴いたのだが、今回は、実演で聞き込んだヘンデルだったので、はっきりと比較ができたのである。

歌手も様式感があって良かった。声量は人によってでこぼこがあったけれども。

 

 

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レクチャーコンサート

ヘンデルに関するレクチャーコンサートを聴いた(横浜市民ギャラリー)。

横浜市民ギャラリーは桜木町が最寄駅だった。初めての会場で、近所の神社に詣でる人の車の列に驚いた。

テーマは「ヘンデルと謎のオペラ『シッラ』ー古代のオペラ」というもので、講師は諏訪羚子氏、三ケ尻正氏、原雅巳氏の三名。

諏訪氏は、「台本から見た『シッラ』」、三ケ尻氏は「歴史と政治の中の『シッラ』」原氏は「『シッラ』の音楽とその魅力」でここではレクチャーの合間に実演が挿入された。演奏は、樋口麻理子(ソプラノ)氏、横町あゆみ(メゾソプラノ)氏、伊藤明子(チェンバロ)氏。アリアの時もあり、二重唱の時もあった。シッラとは、ローマ時代に実在したルキウス・コルネリウス・スッラのことで、彼の後半生を題材にしているのだった。

リブレットと楽譜はほぼ残っているものの、当時実際に上演されたかどうかは疑わしいといういわくつきの作品である。

 

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2020年1月13日 (月)

アレッサンドロ・スカルラッティ『貞節の勝利』

アレッサンドロ・スカルラッティのオペラ『貞節の勝利』を観た(テアトロ・ジーリオ・ショウワ、新百合ヶ丘)。

とても面白いオペラだし、演奏の水準もとても高いもので、深く満足した。

舞台は17世紀のピサ。今回の演出では20世紀のナポリ近郊に登場人物のお墓があり、子孫がお参りをするという枠構造を作っていた。取り分けて面白いとは思わなかったが、音楽の邪魔になるということはなかったのが良かった。頻繁に上演されるレパートリーものなら読み替え演出も悪くはないが、初めて観るようなものだと思慮の足りない演出家による読み替えだと登場人物の身分関係(主従関係)などが全くわかりにくくなり、ストーリーをフォローすること自体が一苦労、二苦労、いやそれどころか不可能になることもままある。今回の演出はそういうことがなかったので優れた演出だったと思う(という評価の仕方も変だが、そうならざるをえないのは現今の演出の傾向ゆえなのだ)。

「予習」のためにCDを探してみたが入手できたのは、50年ほど前にジュリー二が指揮した演奏のみ。録音も演奏も古色蒼然としていたが、何度か聞くうちに耳になじむチャーミングなメロディがいくつもあるのに気づいた。今回の上演は演奏様式も現代のヨーロッパのバロック演奏の標準を踏まえたもので、新鮮で生き生きとしている。指揮もキビキビしていたし、エルミーニオのラファエーレ・ぺ、コルネーリアという熟女役の山内政幸、フラミーニオの小堀勇介がいずれも素晴らしく、男性役が揃って水準が高い上演というのも稀であり、コルネーリアとフラミーニオのコミカルな掛け合いは楽しい限りであった。女性歌手陣は、リッカルド(ドン・ジョヴァンニ的女たらし)を迫田美帆、レオノーラを米谷朋子、どラリーチェを伊藤晴が歌い、熱演であったが、とりわけ迫田のリッカルドが充実した歌唱を聞かせていた。

アレッサンドロ・スカルラッティがナポリ楽派の創始者の一人だということはなんとなく知っていたが、これまでそれを実感する機会がなかったのだが、今回、中身の充実した曲を優れた演奏で見聞し、すっかり彼に対する認識をあらためた。

 

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シンポジウムーバロックオペラ・ナポリ楽派

シンポジウムーバロックオペラ・ナポリ楽派を聴講した(ユリホール、昭和音大、新百合ヶ丘)

今となっては去年の11月のことになってしまった。日常の雑事に追われてはといえ、最近我ながら、自分が観たり、聴いたりしたものとそれがブログにアップされる時間差が甚だしいのでなるべく時間差を縮めていきたいと思ってます。

さて、このシンポジウムは、ベルカント・オペラ・フェスティバル・ジャパン2019の中の一つとして催されている。メインとなるのは、アレッサンドロ・スカルラッティ作曲のオペラ『貞節の勝利』の上演である。

シンポジウムは折江忠通氏(藤原歌劇団総監督)の司会とイントロダクションに続き、カルメロ・サントーロ(ベルカント・オペラ・フェスティバル総監督)、ラファエーレ・ぺ(カウンターテナー歌手)、ジャンカルロ・ランディーニ(音楽評論家)、アントニオ・グレーコ(指揮者)、エヴァ・プロイス(音楽評論家)が話した。通訳は井内美香氏。通訳は交代なしで、5人の話をずっと訳し続けたのだ。驚異的であり、ご苦労様であった。

カルメル・サントーロ氏は、1600年以降のベルカントの流れについて話した。とりわけナポリ楽派のなかで、作曲家ポルポラがカストラート歌手ファリネッリ、カッファレッリを指導し、さらに彼らが後進を指導したということ。また、前述のスカルラッティのオペラ上演はマルティナ・フランカのヴァッレ・ディトリア音楽祭との提携公演なのだが、このマルティナ・フランカで活躍したカストラートで声楽教師のジュゼッペ・アプリーレの教えがアンドレア・ノッツァーリ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニへと継承されていったことが紹介された。

ジャン・カルロ・ランディーニは声、声種の問題について語った。また『貞節の勝利』がオペラ・ブッファとして限定できない、と。たしかに、このオペラには、オペラ・セリア的要素とブッファ的な要素が混在していると言って良いだろう。このオペラにはフラミーニオとコルネーリアという役で2人のテノールが出てくる。フラミーニオは年寄りで熟女のコルネーリアと婚約しているのだが、若いロジーナにも色目を使う。キャラクター設定はヴェネツィアオペラの伝統に沿ったものだが、ロマン派以降と異なるのは、テノールがヒーロー役ではなくて、ここではいずれもコミカルな役柄だということだろう。

ラファエーレ・ぺ氏は、話し始めるときに、私はカストラートではありません。という軽いジョークから始めた。そう、彼はカウンターテナーなのである。しかし、現代におけるバロックオペラ復興(日本ではまだ緒に就いたばかりだが)は、カウンターテナーの活躍抜きには考えられないだろう。逆に言えば、バロック・オペラがヨーロッパですたれてしまったのは、音楽様式の流行の変化ということもあるが、カストラート歌手がいなくなって超絶技巧を駆使した曲が歌えなくなってしまったことも原因の一つなのであろう。

ぺ氏は、まず、カストラートと同時代にも実はカウンターテナーがいたことが古文書を調査していて判明したという。ただし、その当時のカウンターテナーはオペラなどに出るのではなく、教会の合唱団にいて、ソプラノなどのパートを担当していたのだそうだ。つまり、カウンターテナーに比して、カストラートは声量が大きかったのだ。

歴史的には、周知のように、ブリテンが1960年代にオペラ『夏の夜の夢』でオベロン役をカウンターテナーのアルフレッド。・デラーに歌わせたことから現代のカウンターテナーのオペラにおける活躍の始まりがある。つまり、ブリテンがカウンターテナーに劇場への道を切り開き、それがバロック・オペラのレパートリーにまで達しているのが現在だ。

アントニオ・グレーコ氏は今回のアレッサンドロ・スカルラッティのオペラ上演の指揮者。彼はナポリの音楽院での教育法について語った。ナポリには当時四つの音楽院があったが、アレッサンドロ・スカルラッティも教育者でもあった。

ガエターノ・グレーコ(1,657ca--1728)という作曲家・教師がいて、ヴィンチやドメニコ・スカルラッティの先生であり、おそらくポルポラやペルゴレージの教師でもあったというのだが、彼はpartimenti (辞書によると、演奏者が独自に和音をつけて演奏するためのバス音、低音部)を用いて、作曲のメソッドを教えたという。彼によれば、ペルゴレージが若くして熟達した作曲技法を示すことができたのはこのメソッドによるところが大きい。将棋や囲碁などの定石のようなものだろうか。ある程度、お決まりのパターンを習い覚えてその上で独自の工夫をするのだということなのだと理解した。

エヴァ・プロイス氏は、聴衆の問題について概括的な話をした。

人によって話ぶりの違いや専門性の深い浅いはあれど、それぞれに興味深い話を聞けた充実したシンポジウムであった。

 

 

 

 

 

 

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風呂本佳苗ピアノリサイタル

風呂本佳苗ピアノリサイタルを聞いた(東京オペラシティ リサイタルホール)。

初台のオペラシティは、今さらながら、不思議な命名でオペラを上演しないところがオペラシティなのである。オペラを上演する方は新国立劇場。

オペラシティの方にいくつかホールがあるが、リサイタルホールは初めてのような気がする。

ひさかたぶりのピアノリサイタルで、まず最初の印象は、グランドピアノ(スタインウェイ)は大きな音がするなあ、ということだった。これは評者が、最近、古楽器の演奏になじんでいるためであるが、改めて、チェンバロからフォルテ・ピアノ、ピアノへの変遷を思う。貴族の館で少数を対象に演奏されていた時代から19世紀に市民相手に大人数のコンサート、リサイタルと変わるにつれ、鍵盤楽器も鍵盤の数が増え、かつ音量も大きな音が出るようになったわけだ。そういう点に最近は注目されるようになり、ショパン・コンクールでもピリオド楽器(ショパンの時代のピアノまたはそのコピー)のコンクールが別に開かれるようになって、NHKでその様子を見たが、ショパン、リストの時代でも、まだ現代のピアノとは響きの点で異なることがわかり興味深かった。

さて、このリサイタルは、北への旅という副題と東日本大震災被災者支援チャリティコンサートという性格を併せ持っている。

北への旅というのは、プログラムを除くとわかる。グリーグ:ペール・ギュント第一組曲より、ガーデ:民族舞曲、四つの幻想小曲、ラフマニノフ:「音の絵」よりno2,5,9   ここで休憩 ベルワルド:二つのスウェーデン民謡の旋律による幻想曲、ニールセン:三つの小品、シベリウス:もみの木、パルムグレン:粉雪、シベリウス:フィンランディア (ピアノ編曲版)という構成。

ガーデやベルワルド、パルムグレンというのは初めて知った作曲家だし、ニールセンもこの曲は初めて聴いたのだが、個人的にはニールセンのこの三つの小品がプロコフィエフ的なところがあり、モダンで特に面白かった。他は、おおむねロマン派、国民楽派の時代に、北欧およびロシアにこういうピアノ音楽があったのだということを認識した。このプログラムの特徴なのか北欧のピアノ曲の特徴なのか、高音部がキラキラとトリルを多用して透明感を醸し出すものが多い印象である。ラフマニノフはちょっとそこにはくくりきれないが。

最近、後期バロック音楽がバッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディといった昔から有名だった作曲家の他にもハッセ、ポルポラ、ヴィンチなど実に多くの優れた作曲家がいることを痛感しているのだが、ロマン派、国民楽派の時代にも多様な作曲家がいたことを教えられた。

演奏の間には、奏者による簡潔な解説が入り、プログラムにも作曲者のプロフィールが紹介されてあり、多くの人にとって未知の作曲家に対する距離を縮める工夫がなされていた。

 

 

 

 

 

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2019年12月31日 (火)

ブッツァーティ『怪物』

ブッツァーティ著、長野徹訳『怪物』(東宣出版)を読んだ。

短編集で18の短編が収められている。原著では1942年から1966年にわたる複数の短編集から訳者が編んだもの。訳者が編んだブッツァーティ短編集としては3冊目である。

ブッツァーティは、日刊紙コッリエーレ・デッラ・セーラの記者を勤めており、それが彼の文体とも深い関係を持つと言われている。すなわち、不条理な状況を描き出す時にも、日常的な平易な語彙を用いて淡々とその異常な事態を描出していくのである。時折、挟まれる情景描写はスケッチ風でありながらシャープな叙情性を持つ。また、比喩表現を重ねていく際も、一見かけ離れたものに喩えながら透明な詩情が生まれている。

1篇の長さは10ページちょっとだから、本格的な展開は望むべくもないのだが、ブッツァーティ独特の不条理なストーリーを堪能することができる。短いのでどこででも、いつでも、ちょっとした時間の隙間に別世界に飛べる醍醐味がある。

 

 

 

 

 

 

 

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2019年12月29日 (日)

『レオナルド・ダ・ヴィンチーミラノ宮廷のエンターテイナー』

斎藤泰弘著『レオナルド・ダ・ヴィンチーミラノ宮廷のエンターテイナー』(集英社新書)を読んだ。

本書はレオナルド・ダ・ヴィンチのミラノ時代について、レオナルドの多角的な活動を生き生きと描き出している。レオナルドだけでなく、レオナルドが活躍したロドヴィコ・イル・モーロの宮廷、その人間関係、権力構造をきわめて具体的に語る。ルドヴィーコの甥とその結婚、ルドヴィーコ自身の結婚、ロドヴィーコの庶子の結婚、そうした際のスペクタクルにレオナルドが卓抜なアイデアを出して関わったことが語られる。

中でもルドヴィーコの甥でミラノ公ジャン・ガレアッツォの結婚の際のスペクタクル『天国の祭典』(1490年)は詩人ベッリンチョーニによる脚本と、この祝祭劇を観たフェラーラの大使の報告書が残っているので細部まで分かるのだ。この劇、そして台詞の細部まで実力者ロドヴィーコの意向を汲んだものであることがよく分かる。宮廷で書かれる詩も、演じられるスペクタクルも基本的にはプロパガンダ的要素を濃厚に持っているのである。

評者は、オペラが生まれる前の宮廷でのスペクタルの一端をうかがい知ることができて非常に面白かった。

さらに、本書ではレオナルドの手稿から彼の人生観を探っているが、彼が宮廷人に出したと思われる謎々も複数紹介している。謎々が特徴的で、彼の世界観や宗教観を反映していると思われるのだ。

口絵にはカラーで『ビアンカ・セヴェリーノの肖像』(別名『美しき姫君』)や『白貂を抱く貴婦人』が掲載されているが、ビアンカはロドヴィーコとベルナルディーナ・コラーディスの娘であるし、後者の貴婦人はロドヴィーコの愛人チェチリア・ガレラーニである。この白貂はロドヴィーコ自身を表しているというのだがその理由も本書では解き明かされている。

 最後の晩餐についての論述も興味深い。聖書の記述の意味を時代に沿って解釈すれば、15世紀の画家たちが描いたようにテーブルがあって着席しているのではなく、横臥して食事をしていたらしいのだ。そう言われてみれば、古代ローマやエトルリア人は横たわって食事をしていたと聞いたことがあった。

レオナルドの幅広い才能が宮廷でどう生かされていたのかが納得いく本であった。

 

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2019年11月30日 (土)

メサイア

ヘンデルのメサイアを聞いた。ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサン(東京オペラシティ、コンサートホール)。

歌手はティム・ミード他。

クリスティは大御所的な指揮で、細かいところで攻めるというよりも、要所、要所をおさえて、手堅くまとめている感じだった。

しかし彼の音楽感はレザール・フロリサンに浸透しており、安心して聴けるものであった。

もう少しスリリングなところも欲しいと思わないではなかったが、これはこれで立派な演奏なのだとも思った。

歌手の中ではティム・ミードが抜きんでていた。彼は発声が安定していて、かつ実に適切な表情付けがなされるのだ。

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