2017年5月 6日 (土)

『花咲く恋』

花咲く恋クラウディオ・ジョヴァンネージ監督の『花咲く恋』をみた(イタリア映画祭、朝日ホール)。

少年院(男女別に暮らしている)で生まれた恋の物語。当然、自由に会うことはできないし、手紙のやり取りも、ルールをかいくぐってのもの。
それと同時に、少年院の日常、主人公ダフネは女性なので、女子棟の日常が描かれるのが興味深い。入所者同士の軋轢や友情関係、ある種の貸し借り、取引。出所後のための職業訓練の様子。彼女らと関わる様々な種類の職員。入所者のルールを守らせる係もあれば、仮出所のため外部との連絡・調整にあたる係の人もいる。つまり看守に相当する人、ソーシャルワーカーやケースワーカーに相当する人など(日本の少年院ではなんと呼んでいるのか知らないので用語が不正確であるかもしれません)が、関わってくる。
ダフネの父親(ヴァレリオ・マストランドレア)が面会に来るが、彼も仮出所の身なのであるが、彼が保証人となることで、ダフネは2日間外に出ることを許可されたりする。
原題は Fiore で花の意だが、恋の花でもあり、ダフネという少女が人生に対してこれから花咲くという願いが込められたものでもあるのだろうか。

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2017年5月 5日 (金)

『甘い生活』

スイート・ドリームス(仮題)マルコ・ベロッキオ監督の『甘い生活』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

9歳で母を亡くしたマッシモのその後の葛藤が描かれる。神父との対話が興味深い。

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『告解』

告解ロベルト・アンドー監督の『告解』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

G8の財務相会合があるホテルであり、そこになぜか修道僧も招かれているのだが、重要人物が死んでしまう。ミステリーの要素と、現代社会における金融や経済政策がどうあるべきかが問われるが、後者はやや突っ込み不足の感もあった。
トニー・セルヴィッロ演じる修道士が見ものである。

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2017年5月 3日 (水)

『歓びのトスカーナ』

歓びのトスカーナパオロ・ヴィルヅィ監督の『歓びのトスカーナ』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

案外テーマ性の強い映画で、2人の女性が収容されている施設から抜け出し、あちこちにいくのだが、若い方の女性は、子供を引き離されているという状況。
ドタバタはあるが、かなり状況は深刻である。

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『愛のために戦地へ』

愛のために戦地へピエルフランチェスコ・ディリベルト監督の『愛のために戦地へ』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

第二次大戦時のアメリカ。シチリア移民の女性がいて、叔父が勝手に縁談を進める。彼女の恋人はシチリアに住む彼女の父に会いに行って結婚の許可を得ようとする。
というラブストーリーに、アメリカ軍のシチリア上陸がもたらした政治的な状況を描き出す。一言で言えば、アメリカ軍はシチリア・マフィアの協力を得て上陸を成功させるが、同時に、ムッソリーニが抑え込んでいたマフィアが息を吹きかえすのを助けてしまったのだ。
甘苦いストーリーである。

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『切り離せないふたり』

切り離せないふたりエドアルド・デ・アンジェリス監督の『切り離せないふたり』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

身体の一部がくっついている双子。歌を歌ったり、宗教的な集会で存在を示して家族のためにお金を稼いでいる。
ある時、医者がこの二人は分離できると言ったことから、ふたりの間にも家族の間にも波風が立つ。
アイデンティティーの問題。そして民衆の宗教的情熱。移民相手に説教をする司祭。

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『幸せな時はもうすぐやってくる』

幸せな時はもうすぐやって来るアレッサンドロ・コモディン監督の『幸せな時はもうすぐやってくる』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

不条理劇を見ているような映画だった。シークエンスが変わると登場人物が同一人物なのかどうかがわからなくなる。また洞窟の中などでの暗い場面が延々と続き何が起こっているかわからない。最後まで見てもあらすじというものがはっきりしない。
謎解きとしてああでもない、こうでもないと考えるのが好きな人には良いかもしれない。

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『ピューマ』

ピューマロアン・ジョンソン監督の『ピューマ』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

18歳の高校生カップルが妊娠が発覚して、子供を産み育てる決意をするまでをコミカルに描いた映画である。
監督がインタビューで答えていたように、イタリアでは若いカップルがなかなか子供を持つ決意ができる状況にない。それに対する一種のチャレンジとして作った映画であるという。
高校生の親たちもそれぞれに生活力がなかったり、自己中心的だったりで、楽しく笑える一本となっている。

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『ジュリアの世界』

ジュリアの世界マルコ・ダニエり監督の『ジュリアの世界』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

とても印象的な映画だ。マルコ・ダニエリが長編監督は初めてというのが驚きだ。状況は、エホバの証人という宗教団体の敬虔な信者だったジュリアが、刑務所から出てきたリベロと知り合う。リベロはエホバの証人の信者ではない。
戒律を共有しない2人の交際は、周囲との軋轢を生み、二人は駆け落ちをする。
監督の友人に起こった出来事を元にフィクションを加えたものだというが、教団の描写、戒律、様々な儀式、集会の様子も淡々と描かれており大変興味深い。と同時に、ジュリアとリベロの二人の関係はヒリヒリするような切なさとドラマティックな展開が待ち受けている。
単なるラブストーリーでもなく、単なるセクトの告発でもない。独特の味わいがある。ジュリアを演じたサラ・セッラヨッコの表情は記憶に残る。

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『かけがえのない数日』

かけがえのない数日ピッチョーニ監督の『かけがえのない数日』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。

4人の女の子がイタリアからベオグラードにいくロード・ムービーなのだが、母親役のマルゲリータ・ブイは見慣れた女優だからすぐ認識できるが、若い女性4人の区別が最初のうち混乱しかねない。しかし、見慣れると4人の性格は実にくっきりと描き分けられている。むしろある意味では1人の人間のいくつかの側面を4人に分けて描いたのかとも思うくらいである。
カテリーナがベオグラードに行ってホテルで働くのだが、他の3人は物見遊山がてらついてくる。その中で、リリアーナは重い病気を抱えているが、それを母にも親友のカテリーナにもうちあげていない事がドラマの鍵だろう。
数日の旅行で彼女たちはそれぞれどこかが決定的に変わる。そういう時期というのが誰にでもあるのだと思い起こさせられた。

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『いつだって辞められる マスタークラス』

いつだってやめられる-マスタークラスシドニー・シビリア監督の『いつだってやめられる マスタークラス』を見た(イタリア映画祭・朝日ホール)。

このタイトルは注意が必要だ。単に『いつだってやめられる』が2014年に作られており、イタリア映画祭で公開されていて、今回のはその続編なのである。
前編では、まともな仕事がない研究者たちがドラッグを作る話だったが、今回は同じ連中が警察の合法ドラッグ取り締まり(の前段階)に協力する話。
映画としては、後半、合法ドラッグに必要な物資を巡って貨物列車を追いかける場面が秀悦だった。西部劇のパロディ的シーンに満ちていて大いに楽しめた。

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『la vita possibile』

La vita possibile(原題)イヴァーノ・デ・マッテオ監督の『La vita

possibile』を見た(イタリア映画祭、朝日ホール)。
DVを受けている女性アンナ(マルゲリータ・ブイ)が13歳の子供と一緒に、トリノに住む独身の女性(ヴァレリア・ゴリーノ)の所に転がり込む。
アンナは清掃員となり、息子は学校に行き始めるがなかなか友達ができない。息子は娼婦の女性(スラブ系)に憧れの気持ちを抱く。また、近所のレストランを経営するフランス人に父親の代理を見出す。
トリノの秋、公園の情景が、落ち着いた音楽と相まって叙情的に描き出され、それが少年を取り巻くささくれ立った環境にもかかわらず観客側も丁寧にフォローしていく気持ちにさせる。簡単に幸せな状況は得られないが、少年の周りに、情愛がないわけではない。

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